■兎の祟り[うさぎ‐たた‐]
▽解説
医事評論誌『関西医界時報』第327号(1937)の雑報記事「医事世相」では、次のような出来事について語られています。
宮城県柴田郡川崎村に暮らす四人の若者が、臘(旧暦12月)二十八日に蔵王山の麓で兎を捕獲しました。彼らがその兎を殺して食べたところ、まもなく扁桃腺が腫れ、鶏卵ほどの腫瘍が生じたといいます。
診断の結果、若者たちは「野兎病」に感染していたことが判明しましたが、地元ではこれを兎の祟りだと考え恐れていたということです。
野兎病は感染症の一種で、ノウサギなどの齧歯類を介してヒトに感染することからこのように呼ばれています。感染すると発熱や悪寒などの症状があらわれ、リンパ節の膨張や腫瘍化に至る場合もあります。日本では北海道、東北、関東地方での感染例が確認されています。
野兎病の研究者で福島県出身の大原八郎(1882~1943)は、著書『野兎病』の中で、福島県下に伝承されていた兎に関する俗信の例を挙げています。
福島県伊達郡小国村では、晩秋から新春にかけて山中で数多くの野兎が死んでいたといいます。昔はそれを食しても何事もなかったものの、山腹に落葉松(カラマツ)が植えられてからは、死んだ兎を食べた人が熱病にかかるようになったと語られていました。
また、石城郡大浦村では、阿武隈山脈に接する地帯では春の麦芽を食べて死ぬ兎が多く、この時季に捕獲した兎を料理すると必ず熱病に罹るといわれていました。あるいは兎は赤い木の実を食べると死亡し、その兎を人が食べると激しい嘔吐や下痢を起こして死に至るとも伝えられていました。
相馬郡中村町では、死んだ野兎を調理すれば必ず悪寒を感じてリンパ腺が腫れるといい、どのような兎でも死んでから一晩地上に放置したものは食べてはならないものとされていました。
これらの生活知識から、野兎病は医学的に確認される以前から同地域で流行し、人々に恐れられていたことが推測できます。
ウサギにまつわる感染症のお話でした。国立感染症研究所のサイトによると、野兎病菌はテロに使用される可能性もある病原菌として警戒されているそうです。
そんな恐ろしい病気や症状に関して、医学知識があまり介在しない局面ではどのように語られてたのか?という点に注目したとき、「祟り」という言葉が出てくるのはおもしろいですネ、という感想です。
コメント
コメント一覧 (7)
現代怪異にも同じタイトルのお話がありますが、こっちのほうが怖いです。
実態は本当にある伝染病ですからね。土地の人は祟りを感じてるんですけど、病気自体は現実だし。そういう意味でもこわい話なので、絵もブキミさが出せてると良いのですが…
セキレイは畑の虫を獲る益鳥なので捕まえるのはよくないという俗信も各地でみられますが、実際つかまえて異様な症状が出ると構造的にはまさしく祟りみたいで恐ろしいですね
病気と(実は根拠のある)俗信のいろいろ、調べると奥深いです
完全に病原体由来のバイオハザードなので
ウサギなんて普通に猟の成果として持って帰って食べてしまう類の生き物で
警戒するには「過去そういうことがあった」という地元の経験則しかなかったでしょう
祟りという思考停止的な解釈を用いていますが、兎の死因も特定の餌経由というところまでは
大体あたりをつけているあたり侮れません
実在する病気でも祟りだとかいわれてたら扱えるのが怪異妖怪ジャンルの懐の深さ……昔の医学・生物学系の雑誌には科学的見地から集められた俗信や方言の情報があったりして、われわれにとっても重要な資料だったりするんですよね
同じ狩猟や捕食に対する忌避でも、実際の経験則上に成り立ってるものから、祟りやら山の神のお使いだからとかの理由づけがなされてたりと、認識レベルがいろいろ存在するのも興味深いことであります