■虎狼[とらおおかみ]
▽解説
昔話「ふるやのもり」では、虎や狼などの猛獣が、人間たちが語る「ふるやのもり」が自分より恐ろしい獣だと勘違いして逃げだします。
このような話の中では、古屋の爺や婆の言葉として「虎狼より漏るが恐ろしい」といった言い回しが用いられます。本来は猛獣の代表格たる虎・狼を並立した表現ですが、これを「虎狼」という一種類の動物だと理解して、「とらおおかみ」「とらおうか」などの名をもつ架空の獣が出てくる場合もあります。
たとえば、鳥取県八頭郡智頭町南方沖代では次のように語られていました。
昔、ある山辺のあばら家に貧乏なお爺さんとお婆さん住んでいました。
雨が降るとあちこちから漏れ滴ってくるので、爺さんは「なんと婆さん、世の中にゃ虎狼ぐりゃあ恐(きょう)ていものはにゃあ言うけど、うらがあが身になってみりゃあ虎狼より漏(む)るの方がよっぽど恐ていぞなあ」と言いました。
ちょうどそのとき虎狼が戸口に身を潜め、爺婆を食おうとしていました。しかし虎狼は「むる」の話を聞いて「世界中にうらぐりゃあ元気な強いものはにゃあはずじゃが、まんだ、むるなんていう恐ていもんがおるじゃろうか」と恐れをなしてしまいました。
逃げだそうとした虎狼は牛盗人と鉢合わせ、虎狼を牛だと思い追ってくる盗人を「むる」だと勘違いし、一目散に駆けていきました。
「むる」のおかげで爺さんと婆さんは虎狼に食われず、牛盗人の難にも遭わずに済んだのでした。
このように「虎狼」という名の獣が登場する語りは山陰地方ではよくみられるようです。
ただし虎狼がいかなる存在かについての確たる認識はなかったようで、鳥取県八頭郡佐治村で採集された例では、話者自身も途中で「とらおおかみちゅうけど、どんなもんだかわからんで、とらとおおかみと一緒になったもんかわからんですで」と言及しています。
このほか、島根県の隠岐地方では「獅子狼」が出てくる例も記録されています。
▽関連
・ふるやのもり
ここ数年ひそかに注目している動物です。
お話の中で正体不明の「ふるやのもり」におののく役割の「虎」「狼」が、いつしか自身もナゾの「とらおおかみ」として語られることになってしまったという、とても楽しい構図なんですよね。みなさんも民話集とか読んでて「とらおおかみ」出てきたら、くじ引きでちょっとした景品が当たったときぐらいの嬉しさは感じると思います。
コメント
コメント一覧 (2)
元々「良く知らないワードに対する連想が新しい恐怖を創り出す」という
知性という物の面白さを語った民話ですが、未知を畏れる獣がさらに
虎狼なる誤解的存在になってしまうという入れ子構造の面白さ!
脳に心地いい疲労感を覚えます
ほかにも「ふるやのもり」に相当する言葉が本当に子脅しの化物の名前として使われている地域もあったり、もりワールドは奥が深いです。
話を語り、あるいは聞いている現実のわれわれは「ふるやのもり」が何か知っている、というのがこの昔話を楽しむ大前提だったはずが、それが崩れてくると派生的にいろいろな妖怪も生じるのですねぇ。たまらない展開です
いずれバリエーションもいろいろ取り上げていきたい