てつをくうもの

■鉄を食うもの[てつ‐く‐]

▽解説

 平田篤胤が天狗(山人)の里で生活していたという少年・寅吉の見聞をまとめた『仙境異聞』に記されているものです。

 篤胤のもとに人々が集まって話をしていたある日のことです。奇談の書に載っていた鉄を食う病の女人の話題が出ると、寅吉は鉄の出る山には怪しいものが生ずると言って、その特徴を語りだしました。
 それは生まれた頃は山蟻ほどの大きさで、虫のような形をしているといいます。
 餌となるのは鉄で、小さな頃は砂鉄を食い、大きくなるにつれて釘、針、火箸などさまざまな鉄製品を食べて更に育っていきます。
 寅吉の師である山人が試しにこの獣を飼育してみたことがあったといい、その際には夥しく鉄を食って馬ほどの大きさに成長したあと、身から自然に火が出て焼け死んでしまったといいます。
 寅吉はこの獣の名を知らず、ある人は麒麟ではないかと言いましたが、詳しいことは分からないままでした。

 『仙境異聞』には「鉄を食う物の図」として獣の姿が図示されています。
 そこに描かれているのは二本角を有する牛か猪のような四足獣で、その体毛は針金のようであったとされています。


 鉄を食って大きく成長し、最後は火に焼かれて死ぬという性質は仏教説話などに登場する「禍」という獣に似通っています。『新説百物語』に載る類話には、針を食って成長する「虫」が登場しています。
 また、牛のような姿は大陸伝来の知識として本草書などに記された獣「囓鉄」との共通性を見出すこともできます。


▽註

・『仙境異聞』…平田篤胤著。文政五年(1822)成立。幼時に山人に連れ去られたという少年寅吉との面談の記録等を収録。

▽関連

麒麟

囓鉄