リュウグウノツカイ

■リュウグウノツカイ

▽解説

 リュウグウノツカイ(龍宮の使い)はアカマンボウ目リュウグウノツカイ科の大型深海魚です。
 扁平で細長い銀白色の体に円形および虫食い状の斑点が散在し、鮮やかな赤色の鰭とたてがみのように伸び出ている鰭条が大きな特徴です。全長は大きなものでは10メートル以上にもなりますが、日本では5メートル以上の個体は稀といわれています。
 世界中の海に分布しており、日本でも北海道から沖縄まで全国の沿岸部で目撃・捕獲されています。

 「リュウグウノツカイ」という和名が普及したのは近代以降のことと思われます。この他では、文政期(1818~1830)成立の畔田翠山『水族志』で帯魚(たちうお)の仲間として挙げられている「オキダチヲ」あるいは「馬(マ)ダチヲ」「ヒモダチヲ」「龍宮ノ守リ刀」がこの魚を指すものと考えられています。
 名がついていたとはいえ、比較的珍しい魚であるため名も知れぬ奇魚・珍魚として記録された例も多かったようです。たとえば江戸時代の博物図である『写生物類品図』『異魚図讃』には寛政十二年(1800)出雲、肥前、天保二年(1831)志摩、土佐、慶応元年(1865)丹後で捕獲された魚の記録があり、絵図及び詳細に記された特徴はリュウグウノツカイと合致するものですが、いずれも「異魚」「奇状ノモノ」「其名ヲ知モノナシ」などとして固有の名前が定かでないものと扱われています。
 明治以降の新聞記事にみえる奇魚捕獲の報の数々にもリュウグウノツカイらしきものが図入りで示されている例が散見されますが、やはり種別不明で識者に情報を求める内容のものが多いようです。
 たとえば明治十一年(1878)二月の『大坂日報』は紀州有田郡小豆島村において体長一丈余、総身鉛白色で紅色の鬣をもつ太刀魚のような魚が獲れたことを報じています。これは土地の者は「ヒン魚」と称しているものの、確たる名は何であるか分からないため博雅君子の指示を乞うという投書による記事となっています。
 この他、現在では富山県におけるオイラン、新潟県柏崎でのシラタキといった地方名も知られています。


 現代においてはリュウグウノツカイは人魚のモデルになったという説が根強く支持されています。
 『日本魚類館』リュウグウノツカイの項によれば、ルイ・ルナール『モルッカ諸島魚類彩色図譜』(1719)の人魚の項の解説はジュゴン捕獲時の観察記録、絵はリュウグウノツカイを参考にしていると考えられ、そこから人魚の正体をジュゴンやリュウグウノツカイだとする説が発生したといいます。
 日本国内においても『甲子夜話』に記されている玄界灘の人魚の容姿(女の形で色は青白く、長い髪は薄赤色)などを根拠に、その正体がリュウグウノツカイであるという主張が、魚類学者の内田恵太郎や西村三郎らによってなされました。
 この他、朝鮮半島に伝わるサンカルチーという伝説的な魚もリュウグウノツカイのような深海魚のことを指していたといわれています。この魚の肉は霊薬になると考えられていました。

 
 リュウグウノツカイそのものに対する俗信・迷信の類として、その出現が地震の予兆であるという説があり、現在に至るまでたびたび話題に上っています。『諸国里人談』にある人魚を殺して大地震などの災害に見舞われた話も、この俗説と人魚の正体説を同時に補強するものとして用いられる例のひとつです。
 2019年にインドネシアでリュウグウノツカイが定置網にかかってネット上で話題になった際には「海の乱れを感じて深海から姿を見せるので、日本人はよく『地震・津波の使者』と捉える」といった投稿があり、地元メディアが取り上げる騒ぎになりました(参照)。
 東海大学の折原義明特任准教授らが行った調査によれば、1928年から2011年の間に報告されたリュウグウノツカイ出現101例のうち、新聞記事で地震の前兆について言及していたものは23例あったといいます。同氏は深海魚の出現と地震発生に統計的な関連がないことも解き明かし、この言説を迷信と結論づけました。
 

 令和二年(2020)には新型コロナウィルス感染症流行により、疫病退散の象徴として「アマビエ」に注目が集まりました。様々な作品が発表、投稿されるなかで、リュウグウノツカイとアマビエの外見上の共通点、ならびに前述の「海からの使者」である点に着目した創作表現もみられました。
 これを受けて、3月17日にはハフポスト日本版が「アマビエの正体はリュウグウノツカイ? 新型コロナで大流行の妖怪で推測する声」(参照)と題する記事を配信したり、福井市での個人制作のアマビエ絵札(リュウグウノツカイをモデルとしたデザインのもの)配布を報じた5月、6月の『毎日新聞』や『中日新聞』記事中に「アマビエのルーツは、リュウグウノツカイとする説もある」といった文言がみられました。
 7月からは富山県の魚津水族館でリュウグウノツカイを疫病退散の守り神に見立ててデザインした缶バッジが販売されました(参照①参照②)。「アマビエの正体とうわさされる」などの宣伝文はあるものの、ここに至ってはリュウグウノツカイ自体と疫病退散の祈りが結びつけられています。


▽註

・『水族志』…本草学者、和歌山藩医の畔田翠山による水産生物の博物誌。多種の魚介類の名称・形態を詳細に解説する。
・『諸国里人談』…菊岡沾涼著。寛保3年(1743)刊。諸国遊歴の折に集めた奇事異聞を部類別に収録。

▽関連

人魚
アマビエ




 書きたいこと書いたらけっこう長い記事になってしまったぞ……あやしい話題と結びつけらがちな魚なので、人魚の附説ではなくリュウグウノツカイ単体で記事をまとめてみたかったのです。今年はアマビエ要素も混入してきたし丁度よい折じゃと思いまして。