水鼠

■水鼠[みずねずみ]

▽解説

 水辺に生息する鼠の仲間に関して、しばしば不思議な性質や異様な出来事が語られていたようです。

 『和漢三才図会』は「水鼠」の項で『本草綱目』を引用して「水鼠は鼠に似ていて体が小さく、菱、芡(おにばす)、魚、蝦を食べる。あるいは小魚、小蟹の化したものであるともいう」と説明しています。
 また関連する事項として『古今著聞集』にある、安貞(1227~1229)の頃に予州の黒島で漁師の網に夥しい数の鼠がかかった例を挙げています。黒島にはそもそも鼠が多く、農作物は食い荒らされるため敢えて畑作をしないほどの土地とはいえ、海にまで鼠がいるとは奇異なことだと述べられています。
 更に類似の動物として『神異経』に載る「氷鼠」も挙げられています。これは北方の氷の中で生活する鼠で、これを食すれば熱が退き、この毛皮に臥すと寒さを感じるといいます。

 この他、『日東本草図纂』には「灘鼠(なるとねずみ)」という淡路の海上に現れるという鼠のような獣の図があり、『南島雑話』にも外見は通常の鼠と変わりないとしたうえで海鼠(うんねじん)が描かれています。

 海辺で大量の鼠が獲れたという話は『古今著聞集』のみならず各種の文献や各地の伝承にもみられるらしく、例として『一話一言』に載る奥州津軽の海から陸地へ押し寄せた赤い鼠の大群の話や、柳田國男が『海上の道』「鼠の浄土」で言及している奥尻島で天明・寛政(1781~1801)の頃に鼠が漁師の網にかかったという話、海を渡って阿多田島(広島県大竹市)へ現れて島を荒らした怨霊の化身とされる悪鼠の話(参考「悪鼠騒動記|大竹市歴史研究会」)などがあります。


▽註

・『和漢三才図会』…江戸時代中期の絵入りの類書。大坂の医師・寺島良安の作。正徳2年(1712)成立。全105巻。
・『本草綱目』…中国明代の本草書。李時珍著。全52巻。動植物や鉱物など薬種についての詳細を記述する。
・『古今著聞集』…鎌倉時代の説話集。橘成季の作。全20巻に726話を収録する。
・『神異経』…漢の東方朔の著と伝わる地誌。四方の辺境の事物を多数紹介する。
・『日東本草図纂』…本草書。安永九年(1780)成立。神田玄紀著、上田寛満画。奇怪な動物や妖怪談の類も収録されている。
・『南島雑話』…薩摩藩士・名越左源太が著した奄美大島の地誌。島の動植物や伝説信仰に関する話題ならびに挿絵が豊富。
・『一話一言』…太田南畝の随筆。文政三年 (1820) 成立、全50巻。
・『海上の道』…柳田國男著。昭和36年(1961)刊。海上交通、海神信仰などにまつわる論考集。