水虎様

■水虎様[すいこさま]

▽解説

 青森県津軽地方で祀られる一種の水神で、スイコサマ、シッコサマ、セッコーサマなどと発音されるようです。
 いわゆる河童の姿をした木像や石像が各集落の神社境内や路傍、水辺といった場所に置かれ、水難除けの祈りを集めていました。呼び名については他に「仙虎」「水講」「水魂」と称されているものもあり、「水神様」とも呼ばれる女神像を水虎様として扱う地区もあるようです。
 民俗学者の折口信夫は「おしつこ様(御水虎様)」の名でこれを紹介しています。「しっこ」については水虎の転訛ではなく湧水などを意味する語であるとの説もあります。
 
 人を水死させる河童や水神のような存在を祀ることでその難を逃れようとするもので、水虎様は龍宮様の使いであり、位を上げてもらうために子供を取る(木造町永田)とか、四十八いる家来たちが水虎様に位を上げてもらうために子供を取る(五所川原市上福山)などともいわれました。
 
 信仰の発端は明治時代、木造町にある實相寺で祀られた河童像であるとされています。
 十七代目住職が毎年のように古田川で水死者が出ることに心を痛め、祈祷を行ったところ、それが河童の仕業であることが分かり、かれらを神格化して「水虎大明神」として祀るようにしたのが始まりといいます。古くからあった水神、メドチの信仰を基盤としながら従来の河童、メドチ、ミズガミといった呼称ではなく、河童の異称として漢籍からとられた「水虎」を用いたのはこの時からといわれています。
 これ以降、水虎様を祀れば水死人が出ないという話が各村に広まり、それぞれの村で分祀されるようになったようです。昭和期には川の氾濫が起きたため洪水防止を願って造立した例もみられました。
 現在實相寺に安置されている水虎様像は鮮やかな赤色の河童が合掌している姿に作られており、他の場所でも同様の造形の水虎様像が祀られています。
 男女一対の河童像として表現されていることも多く、折口信夫が模造して持ち帰った像もこの型のものでした。

 時代が下るにつれ水難除け以外の祈りも奉げられるようになったらしく、平成五年の調査では農業用水確保や家内安全なども水虎様に祈る人がいたことが分かっています。
 

▽関連

河童
水虎