二尺の顔

■二尺の顔[にしゃく‐かお]

▽解説

 明治二十七年刊『百物語』にある、御山苔松なる人物によって語られた怪談です。


 これは御山氏の家に年久しく仕える佐太郎という実直な老僕が若い頃に体験したことであるといいます。

 ある夜中、赤坂から四谷へ行く急用ができた佐太郎は、強い雨風のなか紀伊国坂の中ほどまでやって来ました。
 ふと何かが足に当たったので提灯で照らしてみると、そこには高島田を結った女がうずくまっていました。
 「どうなさいました」と問えば「持病の癪が起こりまして」と言うので、佐太郎は持ち合わせの薄荷を彼女に分けてやろうとしました。
 「誠にご親切様にありがとうございます」
 そう言いながらぬっと上げた顔を見れば、なんとその長さが二尺もあろうかという化物。佐太郎はアッと声を上げて逃げ出し、夢中で三、四町ばかり走りました。
 夜鷹蕎麦(夜鳴きそば)屋が通りかかったので、これ幸いと助けを求めました。
 「あなた、ド、ド、どうなさいました」
 「イヤもう、どうのこうのと言って、話にならない。化物にこの先で遭いました」
 「イヤそれはそれは。して、どんな化物でございましたか」
 「イヤモ、どんなと言って、真似もできません」
 蕎麦屋はいまだ怯える佐太郎に水を入れてやりながら、こう声をかけました。
 「モシ、その化物の顔は、こんなではございませんか」
 見れば、蕎麦屋の顔がまた二尺。
 佐太郎はまた「アッ」と言ったきり気を失ってしまいました。
 
 その後、佐太郎は通りかかった人に助けられて息を吹き返しました。そして、このことは御堀に棲む獺(かわうそ)の仕業であろうといわれました。

 
 小泉八雲の『怪談』にある「むじな」は、これが原話であろうと考えられています。
 本話では顔が二尺ある化物の正体は川獺とされていますが、八雲は顔に目鼻のないのっぺらぼうの化物を登場させ、正体を狢としています。
 

▽註

・『百物語』…明治27年(1894)、扶桑堂より刊行された怪談集。同年1月から2月にかけて『やまと新聞』で連載された記事を単行本化したもので、記者や作家、噺家らによる怪談34話を収める。
・『怪談』…小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)著。1904年刊。原題『Kwaidan』。怪談集や伝聞に取材した17編の怪談と3編のエッセーで構成された作品集。


▽関連

再度の怪
のっぺらぼう


 
 のっぺらぼうの話としてみなさんご存じかと思いますが、元は顔が長いおばけの話だったんですね~
 視覚的には顔に何もない!のほうが想像しやすく鮮烈な怖さがあるかもしれませんね。