ぬうりひょん

■ぬうりひょん

▽解説


 狩野派の絵師による妖怪絵巻や鳥山石燕『画図百鬼夜行』に描かれた妖怪「ぬらりひょん」は、絵姿のみで解説の存在しない妖怪です。
 昭和期の妖怪を扱った児童書などではこれらの絵を下敷きに「妖怪の総大将」「人家に上がりこんで茶を飲む」といった解説がなされて広まりましたが、これらは元の図像には付与されていない情報でした。
 また、これとは別に瀬戸内海に現れる妖怪「ヌラリヒョン」の伝承も報告されていますが、上記のぬらりひょんといかなる関係にあるものかは不明です。


 平成29年(2017)に刊行された岡山県吉備中央町の民話集『岡山「へその町」の民話』(立石憲利、吉備中央町図書館編著)では、同地に伝わる妖怪「ぬうりひょん」についての記述があります。
 それによれば、吉備中央町案田にはぬうりひょんという妖怪がいたといい、その姿は海坊主のような禿頭で目鼻のないお爺さんであるといいます。
 袈裟を着ていますが僧侶ではなく、年の暮れの多忙な時期に勝手に家に上がりこむと、勝手に茶を沸かして飲むのだといいます。

 この話の出典として『草地稿』なる書名が記載されていますが、これは提供者が旧加茂川町内を中心に古老から聞き取った話を原稿化したものであると説明されています。

 また、吉備中央町への移住者が運営するウェブサイト『吉備中央町の田舎暮らし』でも「村人口伝」として同町におけるヌウリヒョン(ヌーリヒョン)の伝説が紹介されています。
 

 「ぬうりひょん」はぬらりひょんの別名または本来の名前として流布しているもので、『鳥山石燕 画図百鬼夜行』(平成4年)以後よく見られるようになった表記です。しかしこれが本来の名である蓋然性は高くはないように思われます(当該記事参照)。
 吉備中央町のぬうりひょんは目鼻がない(あるいは一見して分からないほど小さい)といわれていますが、今のところぬらりひょんまたはぬうりひょんと名付けられた妖怪画で目鼻のない顔で描かれたものは見つかっていません。
 ただし、『妖怪図巻』(平成12年)の多田克己による「ぬらりひょん」および「うその精霊」の解説では、ぬらりひょんという言葉の用例として『好色敗毒散』の「その形ぬらりひょんとして、たとへば鯰に目口のないやうなもの」という箇所が引用されており、これを参照すれば「うその精霊」的な目鼻のない妖怪のイメージと結びつくことは容易に起こりうると考えられます。
 

 「ぬらりひょん(ぬうりひょん)」という妖怪が文字媒体を通じて紹介され、人口に膾炙していった経過を鑑みるに「目鼻がなく」「人家に上がって茶を飲む」「岡山県の妖怪」という、ぬらりひょんにまつわる情報を総合したかのような「ぬうりひょん」が形成された時期は、そこまで古く遡れるものではないと思われます。
 そして吉備中央町の民話として採録されたとはいえ、どの程度地域的な広まりのあった話かも定かではありません。



▽関連

ぬらりひょん
ぬらりひょん(岡山県)
ぬうりひょん
うその精霊



 氷泉さんの『大佐用』第123号124号でもくわしく考察されているのでぜひご覧ください。
 民話だって当然にその時代の語り手によりアップデートされていくし、紙媒体とかで完成された妖怪像がフィードバックされるみたいなことも起こりうるのだろうナ……という一例として面白いと思うのです。
 昔からこんな話が伝わってたんだ!これが本当のぬうりひょんなんだ!と頭から信じて情報を使うとちょっと道に迷ってしまいそうなので注意が必要そうですけどね。