醍醐の白狼

■醍醐の白狼[だいご‐はくろう]

▽解説

 『玉櫛笥』にある話です。


 山城国醍醐山中には狼が多く生息しており、往来の人を悩ませていました。
 ある時、柴刈りの童が山へ入って薪を集めていると、どこからともなく一頭の狼がやって来ました。狼は童に食らいつき、そのまま山奥へと連れ去っていきました。
 とある草むらに到って狼はようやく童を下ろしたので、聡明な彼は死んだふりをしてこの場をやり過ごそうと試みました。
 狼は爪で草をかきわけ、大きな穴を掘っています。やがて穴に童を押し込むと、その上に土をかけてまたどこかへ出かけていきました。しかし童が逃げだそうと思えば狼はまた戻ってきて、周囲を嗅ぎ回り警戒している様子。狼が遂に安心して去った頃を見計らい、童は土中から抜け出して傍らの大木によじ登り、ひとまず木の葉の陰に潜んで狼の動向を窺うことにしました。

 しばらく経つと先の狼がまた戻ってきました。今度は白く、きわめて大きな別の狼を伴っています。
 狼は獲物を埋めた穴を掘り返しますが、もうそこに童はいません。先の狼は大いに怒って吠え、穴の周囲を駆け巡りましたが、童が樹上にいるとは思いもよりません。やがて諦めたのか耳を垂れ、頭を伏せて、恥じ入り恐れるような態度で大きな白狼の前にうずくまりました。
 白狼はしばらくじっとしていましたが、やがて身を起こすと左の前肢でもう一方の狼の頭を撫でました。
 撫でられた狼は身動きもせずうずくまったままです。
 童が木から降りることができないまま日も暮れ、やがて次の朝がやって来ました。杣人たちが近くを通りかかったので、童は「この木の下に狼がいます。皆で打ち殺して私を助けて下さい」と呼びかけました。
 それを聞いた杣人たちは鉞や山刀を持って駆けつけましたが、例の狼は依然うずくまったまま動きません。
 よく見れば、既にその狼は死んでいました。頭頂の骨がことごとく砕け、爛れた脳が覗いているという凄惨な死に様でした。
 助け出された童が一部始終を語ると、皆は驚くと共に、聡明な童の行動を褒め称えました。


 古語に「虎狼に仁あり」というが、この例をみるに狼には君臣の義もあるようだ、とこの話は結ばれています。



▽註

・『玉櫛笥』…浮世草子。林義端著。全七巻。元禄8年(1695)刊。浅井了意『狗張子』などの影響を受けて編まれた怪談集。




 
 白狼はこの山の狼たちの長だったのでしょう。失敗した者は処刑されるようなので狼の世界も厳しいものですねー。