豚息子

■豚息子[ぶたむすこ]

▽解説

 九州や沖縄には豚と人間の異類婚姻譚が伝わっています。
 その一例として、宮地武彦編『蒲原タツエ媼の語る843話』(平成18年)から、佐賀県嬉野の蒲原タツエ媼が語った「豚息子(豚婿入り)」という話を紹介します。

 昔、ある所に子のない夫婦がいました。
 二人が仕事帰りに豚を飼っている場所を通りかかると、ちょうど沢山の子豚が生まれた頃で、その中の一匹だけが早くも蹴散らされ、母乳も飲むことができないで死にかけていました。
 この様子を憐れんだ嫁は「私達、豚でどうあろう。子供に貰うていたて、飼おう」と言って、子豚を連れて帰ることにしました。
 それから二人は豚を息子として、人間同様の食事を与えて育てはじめました。
 豚は立派に育ち、おとなしい性格で悪さをすることもなかったため、夫婦から愛されつつ青年期を迎えました。

 ある日、近所のおばさんが夫婦に向かって「あんたん所には、立派な青年がおんしゃんねえ」と声をかけました。
 訝る夫婦をよそにおばさんが豚小屋を指差したかと思うと、そこには立派な青年がいて掃き掃除をしていました。
 「お前は豚じゃなかったない」と驚くと、青年は「豚だったよう」と答えます。
 人間の姿になった豚は、いつも草取りや掃除をして夫婦を助けました。

 そうするうち、お城の一人娘であるお姫様の婿取りの話が持ち上がりました。方々の侍が婿に名乗りを上げるなか、豚息子も「お城のお殿様になりたい」と言い出しました。両親がやめた方がいいと言っても「僕は思ったことは絶対叶えてみせる」と譲りません。
 やがて息子は普段の野良着に地下足袋、麦藁帽子という出で立ちで城へ出かけていきました。
 他の婿志望の侍達は自分たちの格まで下がるといって百姓の豚息子を除け者にしました。
 どうにか彼らに追いつこうとして溝を飛び越えてきた豚息子は足を怪我してしまいますが、その様子が好みの男に巡り合えなかった姫の目に留まりました。
 頼もしそうな男性だ、と思った姫は、傷の手当てのため己のハンカチを彼に与えました。
 豚息子は一旦その場を去って、野原で仰向けになって休むことにしました。そこへ姫が腰元たちを連れてまた現れたかと思うと、先のハンカチに気付いて「私はあなたを離したくない」と城に連れ帰りました。
 元は豚であった青年は、こうして姫君に見初められて殿様になったということです。




 なんというシンデレラストーリー。
 まだ侍がいる時代なのにお姫様はハンカチもってたり、その一目惚れと強引さでテンポよく恋を成就させちゃったり、そもそも豚が人間になれた理由に詳しい説明なんかいらなかったりして、やわらかい世界観がほほえましく思われます。