■海の猪[うみ‐いのしし]
▽解説
種子島に伝わる昔話では、鯨はもと陸に、猪は海に棲んでいたと語られています。
昔、鯨は陸に棲んでいました。
ひとたび獲物を求めて野原や山を歩き回ると、木々は押し倒され堤は崩れて洪水が起こり、兎でも取り逃がそうものなら地団太を踏んで暴れ回っていました。この有様には山の神も困り果てていました。
鯨への哀れみをも抱いた山の神は、いっそ鯨は海においた方が良いかもしれないと考えました。
浜に呼んだ海の神に相談を持ちかけたところ、海の神は猪と鯨の棲み処を交換することを提案しました。その頃の猪は海に棲んでいましたが、泳ぎが下手で苦労していたために海の神も可哀想に思っていたのです。
こうして鯨の代わりに陸に上がった猪でしたが、食べなれた餌はシラタガニ程度。空腹に耐えかねて山の神に「もちっとなにかよかものを食べさしておくじゃり申せ」と頼みこみました。
海にいた頃は何を好んで食べていたかと山の神が問うと、猪はエラブウナギ(海蛇の一種)を食べていたと答えました。
それを聞き、山の神はエラブウナギに似た陸の生き物であるシラクチ(マムシ)を猪が食べることを許しました。
シラクチを食べた猪はその味にすっかり満足しました。以後、猪はシラクチを見つけるとそのまわりを七周して大喜びで食べるようになりました。
一方、海に移った鯨は巨体を自由に動かせる水の中が嬉しく、大喜びで魚を追いかけ回していました。
ところがそのせいで今度は海が大騒ぎ。海の神は鯨にイカより大きな魚を食べることを禁じ、これを破った場合はまた陸へ追いやるとして「お前にはあのキビナゴがいちばんよか餌じゃ」と言い渡しました。
しかし小魚のキビナゴではなかなか腹は満たされず、鯨はついイカより大きな魚を食ってしまうことがありました。そんなときはたちまちシャチという恐ろしい魚がやって来て、鯨の体を縦十文字に切り裂きました。
シャチに追われた鯨はやむなく浜や磯に逃げ、陸に打ち上げられました。これこそが海の神が言った罰だったのです。
▽関連
・山鯨
猪さんはわりと適した環境を手に入れられてメデタシだったのに対して、どこへ行っても苦労の絶えない鯨さん……
世界中のイノシシが陸に移ったわけではないとみえて、中世ヨーロッパにも海の猪がいた言い伝えがありますね。
コメント
コメント一覧 (4)
陸生鯨がモンスターすぎる…シャチは元から海にいて
鯨が掟を破った時に制裁に遣わされるカウンター的存在なんですね
「もちっとなにかよかものを食べさしておくじゃり申せ」という言い回しが
すごく品性を感じるというか誠実な雰囲気の言い回しで良い…
神様目線でも何か願いを叶えてやりたくなるというか
そういえばシラタガニって検索してみたら
このお話の元ネタのある民話紹介サイト以外
まったく取り扱ってる場所が無くて謎が深まります。話の内容的に
ちっちゃくてあまり食いでのないエサなんでしょうか?
シャチが鯨の懲罰のために活動してるというのも面白い見立てですけども、この辺りでもシャチが目撃されてたんですかね?
種子島方言ってお公家さんみたいで非常にお上品に聞こえるときがあるでおじゃりまするな。こういう土地特有の語り口、紹介するときは大事にしたいです
シラタガニは元の民話本にも注記がなくて何なのか特定に至ってないんですよね…当時の地元民的には普通に通じる語彙なんでしょうね。白っぽくて小さいカニでいいのかなぁ……?
返り討ちにしちゃったのが昔の豪傑の逸話みたいで凄い