白猪

■白猪[しろい]

▽解説

 『古事記』には、倭建命(ヤマトタケルノミコト、日本武尊)が白い猪に出会ったことが記されています。

 尾張国造の娘・美夜受比売を娶った倭建命は、近江国の伊吹山にいる神を討つため出かけました。このとき、日本武尊は素手で神と対決するべく、伊勢神宮の倭姫命より託された神剣である草那藝剣(草薙剣)を妻に預けていきました。
 さて、山に向かった倭建命は、そこで牛ほどの大きさの白猪と出会いました。
 「この白い猪に化しているのは神の使いだな。今殺さずとも帰るときに殺せばよいだろう」と言挙(ことあげ。意思を言葉として発し明確に表すること)して、倭建命はそのまま山を登りました。
 すると、突如として激しい雨と雹に襲われ、倭建命は失神してしまいました。
 実は命が神の使いと判断した猪は山の神そのもので、誤った言挙がこのような事態を招いてしまったのです。
 息を吹き返した倭建命は朦朧としながら山を下り、玉倉部の清泉で正気を取り戻します。そのため、この場所は居醒の清水と呼ばれるようになりました。
 神の怒りを受けた倭建命は病の身となっていました。衰弱した体で大和を目指しましたが、遂に能煩野(能褒野。三重県亀山市)で力尽きると、「倭は国のまほろば…」の歌から始まる計四首を詠み、息を引き取りました。
 命の魂は八尋白智鳥(大きさ八尋の白鳥)の姿となって、やがて天へと飛び去っていったといいます。


 『日本書紀』にも日本武尊が伊吹山に登ったことが記されています。しかしこちらでは猪は登場せず、神の化身として大蛇が現れたことになっています。
 
 

▽註

・『古事記』…奈良時代成立、日本最古の歴史書。天武天皇の命で稗田阿礼が誦習した帝紀や先代旧辞を、元明天皇の命で太安万侶が筆録して和銅5年(712)に献進。
・『日本書紀』…奈良時代成立、日本最古の正史。神代から神武天皇、第41代持統天皇までの歴史が編年体で記述されている。舎人親王らの撰で養老4年(720)完成。