おちよぼん

■おちよぼん

▽解説

 十返舎一九作『化皮太鼓伝』に登場する妖怪です。

 昔から羽州の山中に暮らす「魍魎」は、数多の眷属を従える大物の化物でした。その息子の魍魎はまだ年若く、近所に住む化物の娘・おちよぼんと将来を誓い合っていたものの、互いの親に口出しされることを嫌って箱根の先へと駆け落ちしました。
 ふたりは山中に化物にはお似合いの荒れ果てた家を見つけると、さっそくそれを買い取って新居としました。
 このときに引越しの手伝いを頼んだのが家の近くの洞穴を間借りしている「白だわし」という化物でした。はじめは愛想よく振る舞っていましたが、実はこの白だわし、飲んだくれの悪たれ者で、魍魎夫婦が若く世間知らずなのをよいことに、毎日かれらの家を訪れては食事や金を要求するようになりました。そのうえおちよぼんにも横恋慕して、いやらしい言葉をかけては困らせます。
 「そんないやらしいことを。私は嫌々、しつこく言いなさると頭からかぶりつきますよ」と嫌がっても、「お前にかぶりつかれたらそれこそ本望だ」と、喜んでおちよぼんを床へ引き込もうとします。
 
 あるとき白だわしはおちよぼんを騙して魍魎と引き離し、魍魎には「俺とおちよぼんはかねてより密通していたが、今おちよぼんが来て何とぞ私を貰ってくださいと言い出した」などと嘘を言って、彼女を渡すよう脅迫しました。
 小心者の魍魎はなす術もなく「いかにも、おちよぼんはあなたに進ぜましょう」と情けない言いぐさ。
 これをもって、白だわしはおちよぼんの着替えや日用品の一切を我が家に持ち帰りました。そして洞穴で待っていたおちよぼんに、自分が新たな夫になったことを告げます。
 おちよぼん、大いに驚き途方に暮れて、わっと泣き出すよりありません。
 「我が夫とは互いに深く思い思われ、ふたり連れ立って国元を駆け落ちしたほどの仲です。どうして今さら夫が私を手離すのです。たとえ夫がそうであっても、私は魍魎どのを捨てて他の男をもつ心などありません」
 と抵抗するも、白だわしは「嫌でもなんでも我が我が女房に貰い受けたれば我が自由にする」と無体の仕打ち。
 騒ぎを知って駆けつけた洞穴の貸主「ももんじい」は白だわしを叱りつけて穴から追い出すと「その女はわしが引き取り、もとへ帰してやろう」とおちよぼんを連れて帰りました。

 ももんじいは魍魎に事情を話して復縁をもちかけますが、当の魍魎は世間体を気にするあまりに拒否します。それを聞いたおちよぼんはもはや死ぬより他はなしと悲嘆に暮れ、哀れに思ったももんじいは如何様にも身の回りの世話をしてやるからと言って彼女を宥め、同居することに決めました。

 さて、化物たちは人間とは価値観が異なり、人間が醜いと思うものを美しいと感じます。「二目と見られぬ顔つき」のおちよぼんと毎日一緒にいると、ももんじいもまた心惑い、ついには口説きかけてみるようになります。
 おちよぼんも日頃世話になっているももんじいが相手のため、思いを受け入れ深い仲となるのでした。

 
 それからしばらく後、魍魎と「のまわり狐」の娘との政略結婚に端を発する騒動が巻き起こります。
 狐と対立する狸の一味が家宝「白狐の玉」を盗み取り、狸に加担する白だわしがその玉を隠し持っていることを知った魍魎と狐たちが、白だわしの棲み処へと押しかけた時のことです。
 「白だわしをひっ捕らえ、玉を奪い返せ!」
 狐の群れを従えた魍魎が指示を飛ばした直後、穴の中から女の声が聞こえてきました。
 「その玉、これにあり。お返しいたします」
 そう言って穴から出てきたのは、片手に狐の玉を捧げ持つおちよぼんでした。もう片方の手には血に染まった包丁が握られています。
 「これはいかに」と驚いた魍魎が問うと、おちよぼんはこう答えました。
 「我が身は先に白だわしのために覚えのない悪名を受け、密通の罪を着せられ、あなたに去られました。これらはすべて白だわしの企んだことで、我が身に罪はないのです。あなたに捨てられてからは詮方なくももんじいに身を任せていますが、どうかしてこの悪名をすすぎたく思っていました。あなたが狐と縁組したと聞き、また白だわしが狸からこの玉を預かったと聞いて、色仕掛けで白だわしをたばかり、玉を取り返しました。そして白だわしと私が密通していない証拠に、白だわしを殺してきたのです」
 言い終わると、おちよぼんは切り落としてきた白だわしの首をその場に投げ出しました。

 こうしておちよぼんの名誉挽回の物語は幕を下ろしました。

 
 おちよぼんの容姿は文中では「眼、鏡のごとく、口は耳の際まで裂け」と表現され、歌川国芳による絵では、場面により多少の差異はあるものの概ね垂れ目の藪睨みで厚い唇、蛇模様の着物を纏う女の化物として描かれています。この絵柄は同作の他の化物と同様、他の絵師によりおもちゃ絵などの絵柄に流用されています。


▽註

・『化皮太鼓伝』…合巻。十返舎一九作、歌川国芳画。天保4年(1833)刊。化物の世界で展開される活劇を描く。題名は水滸伝のもじり。未完。

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白だわし