玉梓

■玉梓[たまずさ]

▽解説
 
 曲亭馬琴作『南総里見八犬伝』に登場する人物で、物語の発端に深く関わる傾国の美女です。
 
 
 安房四郡のうち長狭と平群の二郡を領地とし、多くの家臣を従える滝田城主・神余光弘(じんよみつひろ)はその満ち足りた境遇から驕り高ぶり、酒色に耽る日々を送っていました。
 数多いる側室、妾のなかでも光弘が殊に寵愛したのが「玉梓」なる淫婦で、家臣の賞罰さえ彼女に意見を聞いて行われていました。ゆえに玉梓に賄賂を贈る者は光弘に重用され、玉梓に媚びない者は功があっても用いられず、良き家臣は去り邪なる者がはびこるという政道の混乱が起きていました。
 光弘の側近として悪政を行う山下定包(やましたさだかね)は玉梓と密通していましたが、光弘はそのことを少しも知らぬまま、彼に様々な権力を与えていきました。

 やがて、定包は自身に対する暗殺の企てを逆用し、敵対する杣木朴平らに光弘を定包だと誤認させて弓矢で射殺させることに成功します。
 かくして嘉吉元年(1441)、主君を謀殺し、敵対者をも葬った定包は、子のない神余に代わって滝田城の新城主の座に収まり、玉梓はその正妻となりました。
 
 神余家の旧臣で、度重なる諫言が聞き入れられず国を去っていた金碗八郎(かなまりはちろう)は、山下定包の謀によって光弘のみならず己に若党として仕えていた者たちまでが命を落とし、剰え暴政によって民が苦しめられていると知って、定包を討つことを決意します。
 結城合戦の結果安房に落ち延びていた里見義実は金碗八郎に説得され、共に兵を挙げて定包方に攻め入りました。

 昼夜を別たぬ攻撃の末に里見義実の軍勢は遂に堅固な滝田城を破り、山下定包は離反した家臣の岩熊鈍平らに首を刎ねられ死亡しました。
 捕えられた定包配下の者たちは金碗八郎の処断を受けることとなり、玉梓もまた裁きの場へ引き出されました。
 前国主を誑かして政道にまで関わって忠臣を損なった罪、さらに逆臣山下定包と通じて恥じるところなくその妻となり今日まで過ごしたきた罪によって、玉梓も処刑されようとしていました。
 「生きては縛(いまし)めの縄に繋がれ、死しては祀らざる鬼とならん。天罰国罰思い知るや」
 そう叱責されて、うなだれていた玉梓がようやく顔を上げてこう反論しました。
 「言わるるところ心得難し。女はよろず淡々しく、三界に家なきもの。夫の家を家とするものなれば、百年の苦も楽も他人に拠るものと言わざるを得ぬ。まして、わらわは先君の本妻でもなく、光弘亡きあと寄る辺ない身を山下に憐れに思われ妻となったのもまた、宿世の因果であろう」
 玉梓はさらに言葉を重ねて、世評は嫉妬から出た偽りで、己に罪がないことを強く訴えます。しかし八郎は玉梓を外面菩薩内心夜叉、錦の袋に包んだ毒石のようだと厳しく非難し、反論を許しません。
 そこで玉梓はいったん罪を認めつつ「里見殿は仁君なり」と、義実に視線を移して妖しく微笑みかけました。助命を乞い、八郎への取りなしを求める美しい玉梓の姿に義実は心動かされ、「玉梓の罪は決して軽いものではないが、女であるから助けてやったとしても賞罰の道理に外れるものではない。どうか取り計らってはくれないか」と金碗八郎に意見しました。
 しかし八郎は「定包に次ぐ逆賊が件の淫婦玉梓だ」と譲らず、必ず罰するべき存在であるとの主張を曲げません。これを再び聞いて義実も思い直し、遂に「玉梓を引き出して首を刎ねよ」と家臣に命じるのでした。

 玉梓は朱を注いだように顔を赤くし、歯を食いしばり、里見主従を睨みつけました。
 「怨めしきかな金碗八郎。赦そうという主の命を拒んでわらわを斬るというのならば、お前もまた遠からず刃の錆となるのみならず、その家長く断絶せん。義実もだ。赦すと言った舌の根も乾かぬうち金碗八郎に説き伏せられて、人の命を弄びおって。聞きしには似ぬ愚将なり。殺さば殺せ! 児孫まで畜生道に導きて、この世からなる煩悩の犬となさん」
 義実らを罵り狂う玉梓は、そのまま斬首されて絶命しました。
 しかし彼女の悪念は滅することなく、この後に長く続く因縁の発端となるのでした。

 その後、里見義実は金碗八郎に恩賞を与えようとするも、八郎は神余光弘への忠義と義実への恩義の板挟みとなり切腹して果ててしまいました。
 八郎が最期を迎えたとき、彼の息子である金碗大輔に玉梓の怨霊と思しき女の影が寄り添っていましたが、それは見えたのは義実ただひとりだけでした。


 それからまた年月を経て、玉梓の怨霊は一匹の雌狸に姿を変え、親を失った子犬に乳を与えて養育しはじめました。
 怨念を浴びて育った子犬は、真相が知られないまま里見家に引き取られました。そして犬は「八房」と名付けられて逞しく成長し、義実の娘・伏姫の寵愛を受けることとなりました。
 狸の異名は「玉面(ぎょくめん)」、これを和訓にすると「たまつら」すなわち「たまづさ」に通じる音となり、「狸」という字はけものへんに里、つまり里見の犬となることを暗示していました。
 これこそが里見家を畜生道に落として辱めようとする玉梓の怨みの結実で、仁義八行の玉を持つ八人の「犬士」が結集していく苦難の物語の契機となるものだったのです。


▽註

・『南総里見八犬伝』…曲亭馬琴による読本。全9輯106冊、文化11年(1814)から天保13年(1842)にかけて刊行された。伏姫と犬の八房の因縁が元で齎された仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌  の仁義八行の玉をもつ八犬士らが安房里見家を再興する伝奇小説。

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