黒色の女房

■黒色の女房[こくしき‐にょうぼう]

▽解説

 『諸国百物語』巻之二には「ぶんごの国何がしの女ばう死骸を漆にて塗りたる事」という話が収められています。


 豊後国に暮らす某の妻は十七歳、世に隠れなき美人でした。夫婦は仲睦まじく、夫は常々「もしもお前が先立ったとしても、二度と妻を迎えたりするものか」と語っていました。

 あるとき、女房は風邪が元で死んでしまいました。
 今際の際、女房は夫に向かってこう言いました。
 「私のことを不憫にお思いなら、土葬、火葬は無用です。私の腹を裂き、はらわたを取り出し、体内に米を詰め込み、身体を漆で十四回塗り固めて、表には持仏堂を拵え、私をその中へ納め、鉦鼓を持たせておいてください。そしてあなたは朝夕私のもとへ来て念仏を唱えてください」
 夫は遺言に従い、妻が息を引き取った後に腹を裂き、米を入れて漆で塗り固め、持仏堂を建てて彼女の死骸をそこへ納め、毎日念仏を唱え続けました。

 二年ばかりは独り身を貫いていたものの、やがて友人らに強く勧められて男は後妻を迎えました。
 ところが、程なくして後妻は頻りに暇乞いをするようになりました。問い質しても子細は語らず、「とにかくあなたに添うてこの家に住まうことはできないのです」とばかり言って、結局出ていってしまいました。
 その後も新たな妻を幾人か迎えましたが、みな同じように訴えて実家へと帰ってしまいます。
 これはただ事ではないと様々な祈祷などを行ってから次なる妻を迎えてみたところ、効験があったのか五、六十日ほどが何事もなく過ぎていきました。

 ある夜、夫は他所へ遊びに出て、妻は家の女たちを奥の間に集めて雑談をしていました。
 四つ時分、不意に外から鉦鼓を鳴らす音が聞こえてきました。女たちが不審に思っていると、音はだんだんと近付いてくる様子。
 掛け金を固めて戸を閉ざし、一同は身を縮めて成り行きをうかがいます。
 鉦鼓を鳴らす者は、戸をさらり、さらりと開けて接近し、とうとうあと一枚を残して奥の間のすぐ前にまで至りました。
 「ここを開けてください」
 女の声が聞こえました。しかし家の者たちは恐れおののき、誰ひとりとして返答しません。
 「開けてくださらないのならば是非もなし。まず、この度は帰り、また改めて訪ねるとしましょう。私がここへ来たことは、決して夫に話してはなりません。もし話せば、あなたの命はないと思いなさい」
 そう言い残し、女は鉦を打ち鳴らしながら去っていきました。去りゆく姿を隙間から覗けば、鉦鼓を持ち、顔から下は真黒に染まった異様な出で立ちの十七、八歳の女が見えました。

 翌朝、妻は帰宅した夫に暇乞いして、昨夜の出来事を打ち明けました。
 夫は「それは狐の仕業だろう」などと言って妻をなだめ、ひとまず家に留め置きました。
 それから数日後、夫は用事のため再び妻を家に残して外出しました。
 夜半、また表から鉦鼓の音が聞こえてきました。
 先夜と同じく戸の金具をかけて怯えていると、やはり「ここを開けなさい」という女の声が。妻の傍らに控える女たちもみな恐れ、震えていましたが、急に強烈な眠気に襲われてことごとく眠りに落ち前後不覚となりました。
 今や起きているのは妻ただ一人。
 二重、三重の戸をさらりと開けて、遂に黒色(こくしき)に塗り固められた女が姿を露わにしました。身の丈に等しい長さの髪を揺らしながら、妻の顔をつくづくと見て、こう言います。
 「ああ、なんと嘆かわしい。私が来たことを夫に語ってはならないと言ったのに、早くも語ってしまったとは。返す返すも恨めしい」
 言葉が終わらぬうちに黒い女は妻に飛びかかり、その首をねじ切って殺すと、そのまま表の方へ去っていきました。

 帰宅した夫は侍女たちから経緯を聞いて、驚いて持仏堂へと向かいました。
 堂の扉を開くと、漆塗りの先妻の骸の前に後妻の生首が置かれていました。
 「なんということだ、この卑怯者め」
 怒った夫が骸を仏壇から引きずり下ろそうとした時、かの黒色の女房は目を見開き、夫の喉首に食らいつきました。
 こうして、夫までもが命を落としたということです。


▽註

 ・『諸国百物語』…延宝5年(1677)刊行の怪談集。作者不詳。全5巻、各巻に20、計100話の怪談を収録。



 
 名称は本文中「かの黒色の女ばう眼を見ひらき……」より採りました。
 約束という行為の重みを痛感する話ですね~というか、後妻から話を聞いて「そりゃ狐だろう」って、いったいどういうつもりで発した返答なんですかね夫さん。