死人憑

■死人憑[しびとつき]

▽解説

 水木しげるの著作では「死人憑」という、死者に何かが憑いたために骸が動いたり言葉を発する妖怪が、因幡岩美郡の事例と共に紹介されています。

 この話の元になったのは寛保(1741~1744)頃の『因府夜話』(佐藤景嶂著)にある怪談で、荻原直正『因伯伝説集』(昭和26年初版)が「死人に憑者」と題して引いたものを参考に、水木しげるが「死人憑」という妖怪としての名を与えたとみられています。
 話の内容は以下のようなものです。

 昔、岩井郡(後の岩美郡の一部)某村の百姓が長患いの末ついに息絶えました。
 まだ僧も呼ばぬうち、ひとまず屏風を立て花などを供えておいたところ、夜間に突如として死人が立ち上がって座敷へ躍り出ました。
 妻子らは慌てふためき、どうにか死人を鎮めようとしました。ところが死人の力は強く、二、三人の男がつかみかかっても、彼らを引きずって動き回るほどでした。
 目を怒らせ、意味の分からないことを口走り、さらには飯を食ったり酒を飲んだりして、死人は昼夜一睡もせず活動を続けました。
 しかし体は死んでいるため、二日ほど経つと腐敗が進んで悪臭を放つようになり、目や口からは汁が流れ出す凄まじい有様となりました。
 妻子はこれを見て悲しみ、「きっと死体に何か憑物がしてこのように悩ますのだろう」と、神主や山伏を頼って祈祷を行いましたが、いずれも効果はなく死体は暴れ続けました。
 いよいよ手段も尽き、家族一同は死人を残したまま、戸を厳重に閉ざして家を離れました。時折帰ってきて中の様子を窺えば、閉じ込められた死体はやはり「飯を食わせろ」「酒を飲ませろ」と喚き散らしながらさまざまに暴れ、狂乱の様相を呈していました。
 ところがある日を境に死体は倒れて動かなくなったため、人々は憑物も離れたのだろうと考え、ようやく死人を葬ってやることができました。