闇夜の牛鬼

■闇夜の牛鬼[やみのよ‐うしおに]

▽解説

 『玉櫛笥』にある妖怪です。「闇夜」には「やみのよ」「あんや」の二通りの読みがあてられています。

 宇喜多直家が備前国を治めていた時代の出来事です。
 黒嶋左近入道宗綱は讃州黒嶋の出身で、かの俵藤太秀郷の末裔にあたる人物でした。宗綱は縁あって波多野某の家を継ぐこととなり、備前周匝城主星賀藤内に仕える身となりました。

 ある夜、宗綱は同じく星賀藤内に仕える土倉掃部介の家に招かれて碁に興じているうちに深夜を迎えてしまい、丑三つ頃に中間の耳沢理右衛門を連れて帰宅の途に就きました。
 道すがら、月も出ていない暗い夜道に突如として朝日のようにまばゆい光が差し、人の顔や衣の紋まで鮮明に見えるほどの明るさとなりました。
 火事でもなければ日の出であろうはずもなく、怪しんで周囲を見渡したところ、五十間ほど先にあった本木七郎という侍の屋敷の門内から伸びる大きな桐の木の梢に、三才ほどとみえる犢牛(こというし。大きくて力の強い牡牛)が這いつくばっていました。
 牛の眼は鏡のように輝き、ふり立てた二本の角からもまた強烈な光を放っており、それが周囲を照らしていたのです。牛は頭を東に向け、尾は西に、桐の枝のなかでも最も細いものに犬のような様子で、蝶や蜻蛉のように身軽に留まっていました。
 豪胆な宗綱はこれに少しも臆することなく、「これは伝え聞く牛鬼なるものだろう。このような奇異の化物に出会うとは幸い。委細見届けてやろうではないか」と門に近付いていきました。
 すると化物が早くも宗綱にとびかかってきました。が、武芸にも秀でた宗綱はすばやく化物を組み押さえ、その身に刀を突き通しました。その瞬間、牛鬼の姿は跡形もなく消え失せ、光も消えて周囲は闇夜に戻りました。
 振り返ると中間の理右衛門が光を見て気を失い、その場に倒れ伏していました。薬を与えて介抱したところ意識を取り戻したので、宗綱は彼を連れて館に帰りました。

 牛鬼が現れた家の主である本木七郎は、近頃「韋都名(いづな)の術」なる魔法に傾倒し、自ら学んでこれを行ったものの成就せず、半端に打ち止めていました。そのためか、本木家には物怪が絶えなかったといわれています。
 ある時は灯火が空中を歩き、切断された人の生腕が座中に落ちてきたり、家鳴りや天狗礫などの怪事も起きて女子供を恐れさせていました。
 しかし、このような物怪も牛鬼が倒されてからは鳴りを潜め、いつとはなしに鎮まったといいます。


 挿絵には宗綱が樹上の牛鬼を睨みつけている場面が描かれています。絵の牛鬼は頭は牛で体は人、腰に虎の毛皮を巻いており、顔面から放射状に強い光を放っているさまが表されています。


▽註

・『玉櫛笥』…浮世草子。林義端著。全七巻。元禄8年(1695)刊。浅井了意『狗張子』などの影響を受けて編まれた怪談集。

▽関連

牛鬼
牛頭