三目の妖僧

■三眼の妖僧[みつめ‐ようそう]

▽解説

 明治七年(1874)開版の錦絵版『東京日日新聞』(落合芳幾画)のうち、同年九月に発行されたものに描かれている妖怪です。
 錦絵新聞は先に報道されて新聞記事になった事件を錦絵に起こし、文章を平易に書き改めて添えたもので、この話も明治六年八月七日の『東京日日新聞』に元となった記事が掲載されています。


 これは明治六年八月三日のことといいます。
 東京、元の柳原町(墨田区)に暮らす梅村豊太郎は、午前三時頃(錦絵新聞版では「午後」三時頃)に地震で目を覚まし、それから眠れないまま横になって過ごしていました。
 すると、傍らで眠っていた子供が何かに怯えて泣きだし、驚いて見れば枕元から「三眼の妖僧」がすっくと立ち上がりました。
 僧はみるみる大きくなり、たちまち頭が天井を突き破らんばかりの背丈となりました。
 豪胆な豊太郎は憤然と身を躍らせて変化の者の裾を掴み、力をこめてその者を倒してしまいました。そうして捕えてみれば、変化の正体は一匹の年経た狸であったといいます。

 絵には豊太郎と小児を脅かす三目の僧と、豊太郎に押さえつけられて身を捩る老狸の姿が描かれています。

 この錦絵新聞では絵、文ともに大入道が三つ目であることが強調されていますが、元になった記事では「丈抜群の入道」としか表現されておらず、目の数についての言及はありません。
 また、錦絵に描かれた子供は一人だけですが、元記事では十四歳と十一歳の二人の男子がいたことが記されており、豊太郎はこの二人に助けられながら老狸を捕えたとあります。




 妖怪っぽい絵柄の錦絵新聞の中ではけっこう有名なほうではないでしょうか。同じ構図のおもちゃ絵なども作られていたようで奥が深いのです。
 元記事と読み比べると錦絵版が単純明快な娯楽に改変されてることがよくわかりますね~