猿田姫

■猿田姫[さるだひめ]

▽解説

 富川房信作、安永元年(1772)刊行の草双紙『ぬゑのたんじやう(鵺の誕生)』に登場する妖怪です。

 
 化物たちの世界の物語です。
 狒々大将の娘・猿田姫は花見に出た際に、心優しい二枚目の優男ならぬ「やさ蛇」穴山蛇の丞(あなやまへびのじょう)に見初められ、深い仲となっていました。
 猿田姫は容顔麗しく、薄紅梅の面差しに白い反っ歯が覗く笑みを見れば、男ならばみな心奪われるほどの美女。そんな姫に横恋慕する大竹虎右衛門(おおたけとらえもん)という虎の化物は、どうにか彼女を我が物にしようと計略を巡らせます。
 まず、虎右衛門は仲間の三つ目大入道を通じて、彼の知り合いにして猿田姫の傅(めのと。貴人の子の守り役を務める男)である見越入道を金三百両で買収しました。

 見越入道は猿田姫に虎右衛門からの恋文を渡し、こう説得します。
 「貞女両夫に見える(貞女は夫の死後も再婚しないという「貞女二夫に見えず」のもじり)と御談義にもあるのですから、虎右衛門殿のお心に従いなさいませ。そうしておれば、もし蛇の丞様が頓死なされてもうろたえることもありませぬ」
 猿田姫はなんとこの提案に納得し「ほんにそなたの言やるとおり」と応じるのでした。
 「ひとりの亭主が病み煩いのとき、掛け替えの男があれば、心が確かでよいわいのう」

 かくして猿田姫は虎右衛門とも笹の藪で密会する仲となりましたが、この場面を蛇の丞の家来である百足(七巻百足の助)が目撃してしまいます。
 ふたりはなんとか逃げ出すも、手引きをしていた見越入道だけは捕えられて蛇の丞の前に引き出されました。
 蛇の丞は当然激怒して、入道を大きな巻貝の中に押し込みました。そして貝の前に膳を置き、つられた入道が頭を出すたびにそれを打ちのめしました。虎右衛門から賄賂(まいない)を貰った見越入道は、こうして蝸牛(まいまいつぶり=かたつむり)ならぬ「まいないつぶり」と囃したてられる身になりました。

 とうとう蛇の丞と虎右衛門は猿田姫を巡って、互いに家来を引き連れ甲冑を着込んで直接争うようになりました。ところが決着がつかず、古狼が仲裁に入ってこう告げました。
 「そもそも猿田姫懐胎の逸物は天下無双の化物なり。両夫ならびに猿田姫の三色あわせて形となす。さぁ、どうか静まりたまえ、静まりたまえ」
 なんと猿田姫は子を身ごもっているというのです。しかも父親は蛇の丞と虎右衛門の両方。

 やがて猿田姫は産気づき、ふたりの父をもつ子を産み落としました。その子の頭は母に似て猿、身体は一方の父である虎、尾はもう一方の父である蛇の形をして、鵺の声で鳴く化物でした。
 「三人の夜食(性交の隠語)の固まり、なんと奇妙なことか!」
 古狼や取り上げ婆の化物も驚くほどの世にも珍しい出来事でしたが、蛇の丞と虎右衛門は実子が生まれたのを大いに喜んで打ち解けました。
 このような経緯があって、かの有名な化物「鵺」が誕生したのでした。


 『ぬゑのたんじやう』はよく知られた化物「鵺」の出生の秘密を解き明かすという趣向の作で、猿田姫たちは異なる動物の化物たちが交わった結果鵺が誕生したという展開のために創作されたものと思われます。


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