多羅阿伽

■多羅阿伽[たらあか]

▽解説

 曲亭馬琴作の合巻(長編の草双紙の一種)『新編金瓶梅』に登場する妖怪です。

 室町時代、応仁の乱後の混迷の世。
 武士・大原武二郎武松は、謀略のため兄が殺害されたうえ汚名を着せられたことに端を発して、悪を懲らす数奇なる旅を続けていました。あるとき彼は追手から逃れるために乗った船ごと大波に飲まれ、海底深くへ沈んでいきました。しかし、以前助けた亀が現れて彼を救い、そのまま龍宮城へといざなうのでした。

 武二郎は龍宮に到り、主である女龍王の乙姫のもとに逗留することになりました。
 龍宮がある東南の蒼海は天地開闢以来乙姫が治めてきた地帯でしたが、近頃「多羅阿伽」なる西海の悪龍王がさすらい来て、南洋の笑鮫(えみざめ)、東海の虎河豚(とらふぐ)を筆頭とする数多の毒魚を従え、占領した貝の宮を根城として悪事をはたらいていました。
 笑鮫は笑次(えみじ)という人間の怨魂が鋸鮫に乗り移って変化した怪物で、多羅阿伽はかれを龍宮に差し向け、潮の満ち引きを司る千珠万珠の宝玉を奪い取っていました。
 乙姫は武二郎の武勇に信頼を寄せ、彼に多羅阿伽征伐を依頼するのでした。

 姫の頼みを引き受けた武二郎は、多羅阿伽の正体は蛟(みずち。水生の龍の一種)であろうと考え、『博物志』に燕の肉を食って船に乗るものは必ず蚓龍すなわち蛟に呑まれるとあることから、多羅阿伽もまた燕の肉を好むものと推測します。そして素戔嗚尊が八岐大蛇を酒に酔わせて退治した故事に則り、麹漬けの燕肉で醸した酒で多羅阿伽を酔わせた隙に宝珠を奪還し、なおかつ彼を滅ぼそうという計画を立てました。

 乙姫に遣わされた亀と人魚の遅馬(おそま)は南海の燕嶋に上陸し、そこに棲む燕を大量に獲って持ち帰りました。およそ百日を経て五樽分の燕酒ができあがると、亀と遅馬が貝の宮を訪ねてそれらを多羅阿伽に献上しました。
 宝珠を失い龍宮を治めることができなくなった乙姫は龍王との婚姻を望んでいる、と聞かされて、多羅阿伽は大いに喜びます。
 「乙姫も元よりその徳が我に及ばぬことをようやく悟ったらしい。そこで我を婿に迎えたいと願うとはまったく殊勝な心がけだ。この酒は我らの好物だが、龍宮でも人間界でも殊に得難い珍味である。さっそく樽開きをして姫の志を賞玩しようではないか」
 人魚に酌をとらせつつ、多羅阿伽は大盃を傾けます。
 宴に同席した眷属の笑鮫、虎河豚、海坊主、悪猩々、海驢、海獺、おっとせい、おこぜ、うんきゅう(カブトガニ)、鯱、鯆(イルカ)、海蛇、大蟹、大蛸など、ありとあらゆる悪魚の群れも薬酒が覿面に効いて、主もろとも悉く酔い潰れてしまいました。
 この隙に人魚は千珠万珠の二つの玉を取り返すと、亀の背に乗って貝の宮を脱出しました。

 ほどなくして毒魚たちは目を覚まし、各々得物を引っさげて遅馬たちの追跡に乗り出しました。
 が、そこに待ち受けていたのは乙姫から授けられた太刀を携えた武二郎。
 笑鮫は首を打ち落とされ、虎河豚は唐竹割り。その他名立たる毒魚たちもみな討たれていきました。
 逃げ帰った魚から報せを受けた多羅阿伽は激怒して、残党を引き連れ、潮を起こし、波を蹴立てて武二郎に向かいます。そこで武二郎は用意していた弓を構え、狙いを定めて矢を放ちました。
 多羅阿伽は飛んできた矢に喉から項を見事に射抜かれ、大木のようにどうと倒れて絶命しました。
 眷属はいよいよ恐れおののいて、残らず武二郎に降参しました。
 
 正体をあらわにした多羅阿伽の死骸は、体長二十尋余り、形は蜥蜴に似て蜥蜴よりも凄まじく、四足があって鰐のようでもありました。
 「これはやはり虬(みずち)の類にして、世にいう雨龍(あまりゅう)であろう」と独りごちながら、武二郎は多羅阿伽の首を斬り落とし、降参した毒魚らに龍宮まで運ばせました。
 
 乙姫は武二郎の勝利を喜んで彼をもてなした後、多羅阿伽、笑鮫、虎河豚らの死骸を全て焼き払い、灰を埋めて塚を築きました。これによって怨念も鎮められ、祟りをなすこともなかったといいます。
 饗応がようやく果てたとき、乙姫は武二郎に釈尊より賜った秘蔵の宝玉を授け、本意を遂げさせるべく陸へと帰還させるのでした。


 国貞による挿絵での多羅阿伽ははじめ笑鮫、虎河豚ら毒魚と共に異相の人間の姿で描かれており、武二郎に討たれた最期の場面でのみ巨大な悪龍の威容を見せています。
 多羅阿伽という名はオランダ語で龍(ドラゴン)を意味するダラーカ(draak)からとったものと思われ、同様の名付けが行われた妖怪の例としては山東京伝作『お夏清十郎風流伽三味線』に登場する陀羅阿迦(だらあか)があります。
 


▽註

・『新編金瓶梅』…合巻。曲亭馬琴作、歌川国安、国貞画。全十集。天保2年(1831)に刊行が開始され、弘化4年(1847)に完結した。明代の小説『金瓶梅』を下敷きに、武松(ぶしょう)をもとにした大原武二郎武松らの活躍を描く。

▽関連

陀羅阿迦




 悪のボスな妖怪はよくお酒で失敗してしまいますね~。
 西の海からやってきた得体の知れない巨悪にオランダ語由来の名前をつけるセンスが素敵ですね。でもってその真の姿の恐ろしげなこと!
 つまりとてもかっこいいのです。好き。