ひぶしみ

■ひぶしみ

▽解説

 鹿児島県沖永良部島に伝わるものです。


 昔、「岩の笛吹松小父」と呼ばれる男がいました。親も兄弟もない独り者で、毎日舟に乗り笛を吹いて過ごしていました。
 あるとき笛吹松は海辺で見つけたヒブシミ(イカの一種。コブシメ)を捕え、それと交わりました。
 次の日も同じ場所を訪れましたが、そこにはもうヒブシミの姿はありませんでした。
 
 それから三年ほどが過ぎました。
 相変わらず舟で笛を吹いていた笛吹松の前に、海から出てきた二人の子供がやって来て「お父さん、お父さん」と呼びかけました。
 不思議に思っていると、子供は続けて「爺さんと婆さんが父をお伴してこいとのことでした」と言いました。
 笛吹松は子供の言葉に従って、二人の背につかまって海へと飛び込みました。すると、三人はたちまちニラの島(海底にあると考えられた浄土。龍宮、ニライカナイ。)の美しい家に到着したのでした。
 家には子供の言ったとおり爺さんと婆さんがいて、笛吹松はかれらに歓待を受けました。
 御馳走をふるまわれて三日ほど過ごした頃、子供たちは父に「もう島へ帰るがいいでしょう」と言いだしました。実は笛吹松が海底へ来てから、既に三年が経過していたのです。
 慌てて帰ろうとする笛吹松に向かって、爺さんと婆さんは「何か欲しいものはないか」と問いかけます。
 笛吹松は「蒔かずに作られる作物の種が欲しいと思います」と答えました。
 「よろしい。それをくれるから島へ帰ったら楽をして食えよ」
 そう言って、爺さんはクヂマ(ヒザラガイ)という貝を差し出しました。

 子供らに負われて故郷へ戻ってきた笛吹松でしたが、不在の三年間にただ一つ所有していた畑は人手に渡っていました。
 そこで、海へ行って楽をして食べよう、と舟の上で例の貝の殻を外したところ、笛吹松自身もクヂマになってしまったといいます。




 海産物と契ったら子供ができてた!な展開は南の方でときどきみられるものです。エイ女房が有名ですね。この話ではイカ。
 相手となったヒブシミ自身とは再会することなく、海で笛吹松を迎えた爺婆の真意やイカに。