蚊の精

■蚊の精[か‐せい]

▽解説

 狂言「蚊相撲」に登場するものです。


 家来を一人しか持たないとある大名は、新参者を召し抱えようと思い立ち、ふさわしい者を探してくるよう召使いの太郎冠者に命じます。
 街道へ出た太郎冠者は、折よく奉公先を求める相撲取りの男と出会いました。
 実はこの男、世間の相撲流行に目をつけた江州守山の蚊の精が人に化けたもので、相撲取りとして都へ上って思うまま人間の血を吸おうという魂胆。そうとは知らない太郎冠者は、男を主のもとへと連れて帰ることにしました。

 男が相撲の盛んな江州守山から来た相撲取りだと聞いた大名は大喜びして、さっそくその腕前を見たいと言います。ところが太郎冠者は相撲をよく知らないため、大名自身が男の相手をすることになりました。
 相撲取りはぶんぶんと飛ぶように動きまわり、大名は男に触れるか触れないかのうちに目を回して倒れてしまいます。しかも、いつの間にかその身を蚊に刺され血を吸われていました。
 男の生国は江州守山。そこは蚊の名所でもあったのです。
 正体を察した大名は、太郎冠者に何事かを命じてから再び男に相撲を挑みました。
 取組が始まると、太郎冠者は扇で蚊の精に風を送りだしました。風に煽られて思うままに飛べない蚊の精。大名はここぞとばかりに蚊の精を捕え、口先から伸び出てきた針を引き抜きました。
 こうして大名に打ち負かされた蚊の精は、そのままよろよろと逃げ去っていくのでした。


 上記は大蔵流でのあらすじで、和泉流の狂言でも太郎冠者の大団扇にあおがれて蚊の精が得意の動きを封じられるところまでは同様ですが、結末が異なるものになっています。
 こちらの大名も一度は蚊に勝利するものの、企てが成功して喜んでいる隙にまたしても蚊に投げられてしまいます。結局蚊の精に負けてしまった大名が腹いせに太郎冠者を投げ飛ばして、この話は終わりとなります。


 蚊の精を演じる際には「嘯(空吹、うそぶき、うそふき)」と呼ばれる口先を窄めた男の面や、蚊の羽を連想させるような水衣(みずごろも)が用いられます。
 さらに相撲をとる場面では、紙を細長く巻いたものなどを面の口に差し込んで針に見立て、正体が蚊であることを表現します。