■犬神明神[いぬがみみょうじん]

▽解説

 飼い犬や猟犬が我が身を犠牲にして大蛇に狙われた主人を助けようとする伝説は日本各地に残されています。
 その中の一類型としてよく知られているのが、犬が蛇を威嚇していると知らない主人が、自分の方を向いて荒れ狂う犬を不審がってその首を刎ねてしまうというものです。犬は首だけになってなお蛇に食らいつき、主人の危機を救った後に死亡し、その霊を弔うために塚や社が建立されます。
 愛知県岡崎市の糟目犬頭神社の縁起譚の一部や、千葉の小金城主にまつわる「犬塚」の伝説などが著名な例ですが、史跡の有無を問わず同様の話は広い範囲に伝わっています。犬は犬塚、犬神様、犬神明神などの名で祀られ、民話としては「忠義な犬」という題で括られています。


 文献上にみえるこのような話の古い例としては『三国伝記』の「不知也河狩人事」があげられます。
 
 昔、江州・不知哉川のほとりに猟師があり、山に入っては鹿や狼の類を殺し、その菩提を弔うこともなく日々を過ごしていました。
 彼は犬を飼っており、これは比良片(枚方)の目検枷という犬の子で小白丸と呼ばれる秘蔵の名犬でした。

 ある日、猟師はまた獣を射止めようとして、小白丸を引き連れて林に分け入りました。
 人里から遠く離れたところで日が暮れてしまい、何やら気味が悪く思われたので、狩人は弓矢を持って朽木の元に身を寄せ、そこで夜を明かすことにしました。
 夜更け、なぜか小白丸が主人に向かって頻りに吠えたてるようになりました。制しても止まず、まだ飛び跳ねながら吠え続けるので、とうとう猟師は腹を立てて抜刀し、小白丸の首を斬り落としました。
 すると、犬の首は朽木の上に飛び上がり、そこに潜んで猟師を呑み込もうと口を開いていた大蛇の喉笛に噛みつきました。やがて大蛇は首だけの犬に噛み殺されました。
 ようやく小白丸の志を知った猟師は驚き、また悲しみましたが、もはや詮方ないこと。よってこの場に社を建て、この犬を神と崇めるようになったといいます。
 これが後の世に「犬神(犬上)の明神」と呼ばれる社の始まりであり、この地を犬上の郡と呼ぶのも、やはりこの出来事が由来であるといいます。


 これより古い『今昔物語集』巻第二十九にある「陸奥の国の狗山の狗、大蛇を咋ひ殺せる語」も同様の説話ですが、こちらは『三国伝記』などの話とは異なり、犬は主人と共に生き延びています。

  
 昔、陸奥に狩りを生業とする男がおり、多くの猟犬を飼っていました。
 狩りのため犬たちを連れて山に入ることがしばしばあったので、この山は狗山と呼ばれていました。
 ある夜、男は山で夜を明かすこととなり、大木の洞(うろ)を寝床に定め、周囲に犬たちを配して眠りに就きました。犬たちもみな眠りに落ちた夜更け、一頭の賢い犬だけが俄かに起きたかと思うと、男の方に向かって激しく吠えはじめました。
 犬は吠え続け、やがて男に向かって躍りかかってきました。男は「この主を知らぬ犬は、他の人がいない山中で私を食おうとしているのだ」と思い、太刀で斬り殺そうとしましたが、なおも犬は吠えながら飛びかかってきました。これを避けるために男が木の洞から出ると、犬はそのまま洞へと飛び入り、その中に潜んでいた太さ六、七寸、長さ二丈余の蛇に食らいつきました。
 これを見た男は恐怖に駆られながらも、自分を救おうとした犬の心根に胸を打たれ、手にした太刀で大蛇にとどめを刺しました。もし犬を殺していれば、己も蛇に食われて死んでいたのです。
 男は「この犬は私にとって世に二つとない宝だったのだ」と感じ入りつつ、犬と共に家へと帰りました。
 

 これらの他には、犬を殺してしまったために主自身も大蛇に命を奪われる展開も各地の民話などでみられます。
 最期に真実を知った主人は未練を引いて鳥に生まれ変わるという結末もあり、いわゆる「小鳥前生譚」に属する話にもなっています。
 一例としては、急に吠えだした愛犬・五郎助の真意に気付かず鉄砲で撃ち殺してしまった猟師が、直後に樹上から迫ってきた大蛇に襲われ、苦し紛れに「五郎助、早う鉄砲ば取ってくれ」と言いながら絞め殺されてしまい、梟に生まれ変わって「ごろすけ、てっぽう」と鳴くようになったという話(熊本県阿蘇郡西原村)があります。

 この他にも、犬が大蛇でなく熊と戦う、遊女の飼い猫の首が飛んで大蛇を殺すなど、さまざまに変化した話が残されています。


▽註

・『三国伝記』…室町時代の説話集。玄棟著。応永14年(1407) 年成立。天竺、明、近江出身の三人の僧が各国の話を語るという設定。全十二巻、360話収録。
・『今昔物語集』…平安時代後期成立、作者未詳の説話集。全31巻。天竺、震旦、本朝の3部からなり、1000以上の説話を収める。



 これにて2018年の干支企画もおしまいでございます。犬もの18種紹介したよ! 例にもれず楽しかったです。
 最後は主人思いの忠義犬のおはなしでした。いろいろな呼び名があるわけですが、神に祀り上げられたことが強調され、且つ、割とよくないモノのようにいわれる憑物の「犬神」とも対になるような立ち位置だとおもしろいかな?ということで、犬神明神を項目名としました。