人面犬

■人面犬[じんめんけん]

▽解説

 『街談文々集要』『我衣』など近世の随筆類や明治期以降の各種新聞紙には、人のような顔をした畸形とみられる犬が生まれたという記事が散見されます。
 このような犬の誕生には人間の行いが関わっていたり、因果話が語られることもあります。たとえば先に挙げた『街談文々集要』にある、江戸田戸町の雌犬が人そっくりの顔をした犬を生んだのは、梅毒に罹った者が治療の目的で犬と交わったためだとの噂が流れたといいます。
 また、明治三十六年に新聞各紙で報道された茨城県茨城郡磯浜町の飼犬が産んだ人面の子犬は、飼主の家にいた白痴の雇い人が日頃母犬を愛していたために生まれたものと噂されました。なおこの子犬は主人に大切に養育されていたといいます。


 これらとは別に、1989年から90年ごろに「人面犬」なる妖怪が出没するという噂が流れました。マスメディアの介在により、人面犬の話は主に小中学生の間で爆発的に広まったといいます。
 これも顔だけが人間で体は犬という怪ですが、繁華街でごみ漁りなどをしており、遭遇した者に対して「なんだよ」とか「ほっといてくれ」「うるせぇなぁ」などと声を発するという、いっそう異様な存在として語られました。または東名高速道路を猛スピードで疾走する様子が見られたなど、驚異的な身体能力を持っていることを示す話も複数記録されています。
 その正体については、筑波大学で行われた実験により生まれた人間と犬のDNAをかけ合わせた生物、犬もろとも轢死した人の霊がさまようものといった話がよく紹介されます。
 他にも人面犬の特徴、能力については奇想天外な説が多種多様に唱えられています。犬の顔で体が人間の「犬面人」のように、派生形とみられる怪談も流布したようです。
 

▽註

・『街談文々集要』…石塚豊芥子による随筆。万延元年(1860)序。文化文政頃(1804~1829)の市井の話題を多岐に渡って書き留める。
・『我衣』…加藤曳尾庵の随筆。成立年不詳。文化文政頃の江戸の世相について記すなかで、奇談の類もみられる。