炬燵の妖怪

■炬燵の妖怪[こたつ‐ようかい]

▽解説

 『化物判取帳』には「炬燵妖怪(こたつのようかい)」と題した次のような話があります。

 江戸金六町に九八という商人がおり、出店に金四郎という支配人(番頭が複数いる場合、その上位にある者)をおいていました。
 十月のえびす講を控えたある日の夕暮れ時、九八はこの出店を訪れました。金四郎たちは商いのため外出して不在であったため、留守居のつもりで中の間の掘り炬燵に足を入れて待つうちに五つ時も過ぎて、いつしか体もすっかり温まり、九八はとろとろと眠りに落ちていきました。
 すると、何者かが炬燵の中から手を出して、九八の足の爪先をつまみ、あるいは脛の毛を抜くようになりました。目を覚ました九八は怪しみながらも動じることはなく、そのまま無視していましたが、今度は着物を掴まれたかと思うと「狸寝入りとはつれないではありませんか」と女の声まで聞こえてくるようになりました。
 そこでとうとう「この痴れ者め、逃してなるものか」と炬燵に潜む者を捕まえようとしたところ、炬燵から白い手がぬっと伸びて、あろうことか九八の睾丸(きんたま)を強かに引っぱりました。
 これには九八もたまらず気絶してしまいました。異変に気がついた店の者たちに介抱され、戻ってきた支配人や手代らに薬を飲まされ、九八はようやく回復しました。
 店の者たちも不審が晴れず、いったいいかなるものが迷い出たのであろうと話していると、支配人の金四郎はこう語りました。
 「それは前の川に住む年経た川獺(かわうそ)です。実は私もたびたびこのような目に遭っていたのですが、家内の者に話すのも憚られることゆえ、今まで申し上げなかったのです」

 さて、この店から数軒先にある行灯屋の者によれば、金四郎には以前から密かに作った囲い女(愛人)がいたといいます。
 しかし金四郎は支配人という立場ゆえに夜間に女のもとへ出かけることも難しく、一計を案じて路地から掘り炬燵の下へと通じる秘密の抜け道を作り上げていました。
 女はこの忍び道を使い店に通っては密会を繰り返し、他の人々はそれに気付かないまま過ごしていました。
 えびす講前の一夜、女はいつもと同じように忍び道から屋内に侵入を果していましたが、折悪しく金四郎は外出中。炬燵の足を金四郎のものと勘違いして悪戯をしかけていたのです。
 気付いた時には既に是非なき場、女は九八の睾丸を引っぱって目を回させ、騒ぎに乗じて逃げだしたのでした。
 

▽註


・『化物判取帳』…怪談集。敬阿作。宝暦5年(1755)刊。



 ということで、川獺さわぎは大胆な愛人隠しのホラ話だったようなのです。なんて恐ろしいことをする妖怪なんだと震えたのに!
 でも真相を知らなければ人々の心に炬燵の妖怪は存在しつづけるのですねぇ~。