髭女

■髭女[ひげおんな]

▽解説

 草双紙『化物一家髭女(ばけものひとつやのひげおんな)』に登場するもので、悪人・横川郷介を脅かす化物の一体として現れます。


 横川郷介という侍は、あるとき亀崎権之進の娘おまんに惚れ、どうにか口説き落とそうとたびたび文などを送っていました。ところがおまんは返事もよこさぬまま小津友三郎という者に嫁入りしてしまい、怒った郷介は奴(やっこ。武家に仕えて雑務を行う者)の「べく内(ない)」を伴って小津家に忍び込み、寝ているおまんの首を斬って殺害しました。
 べく内は見張り役を担い、吠えかかる犬の顎を裂き殺して郷介の凶行に加担するも、やがて「下郎は口さがなき者」と考えた郷介によって騙し討ちにされ死亡します。口封じをも遂げた郷介は、穏やかな心持ちで甲州へ居を移しました。

 甲州にて郷介はとある瞽女(ごぜ。三味線で弾き語りなどをする盲目の女芸人)と夫婦になり、しばらくは三味線の手習い指南をして日々を過ごしていました。
 やがて瞽女が身重になると、浮気心から彼女を煩わしく思うようになり、またしても殺害を企てます。郷介はある夜ついに妻を斬り殺すと、その骸を野に捨ててどこかへ立ち去りました。

 放浪の旅に出た郷介は「もくい坂」の辺りで日暮れを迎え、三十歳ほどの女房ひとりが暮らしている家に宿を求めました。
 「夫は他国に出かけて留守。いつまでもゆるゆるとお泊りなされませ」
 女は郷介を喜んで迎え入れ、親しく語らう間に夜も更けていきました。
 
 郷介が寄り添う女房をふと見たところ、彼女には奇怪な変化が起こっていました。なんとその顔はかつて殺したべく内の髭面に変わっていたのです。
 更には斬り落とされたおまんの生首が現れてからからと笑い、髪を逆立てた瞽女の幽霊までもが出てきて恨みを述べます。いつしか家も跡形なく消え失せて野原となり、郷介は驚くばかり。
 べく内のように髭が生えた宿の女房、すなわち「髭女」の化物は「私を嫌(きろ)うてどこへ行かしゃんす」と言いながら郷介に向かって髑髏を投げつけます。豪胆な郷介は刀を抜いて髭女を斬り払い、思うに任せてその場から逃げ出しました。

 しばらく走って一息つくと、今度は郷介の倍以上の身の丈となったべく内が、生血の滴る人の腕をかじりながら出現しました。これもまた斬り払い、郷介は辻堂に逃げ込んで夜明けを待つことにしました。
 しかし、ここでも化物が次々と現れて郷介を脅かしました。
 破れ戸から出た痩せ枯れた女が目玉を月のように光らせて見つめ、縁の下からは恐ろしげな入道が這い出します。そこへまた瞽女が牛に乗り、三味線を弾き小唄を唄いながらやって来ました。
 痩せ枯れた女が「うらめしや郷介殿。思い知らせん。閻浮(現世)恋しや。いま喰らい殺すぞ」と迫れば、新たに姿を見せた一つ目の化物も「あんまり跳ね回るない、じっとしていたまえ。ちっと話したいこともある」と言いながら郷介の肩を掴みます。
 さしもの郷介もこれほどの化物に囲まれては死にもの狂い、とうとう精根尽き果て気絶してしまいます。


 妻を殺した仇敵を探し求めて旅をしていた小津友三郎は、路傍に倒れていた郷介を偶然発見し、薬を与えて介抱してやりました。
 「お陰で助かりました。何を隠そう、おまんという女を殺したことが発端でこのような目に遭ったのだ」
 「さては妖怪のために気を失われたのでしょう。して、そのおまんとやらをなぜ手にかけめされた」
 人心地がついた郷介は、相手がおまんの夫とも知らず、訊かれるままにこれまでの経緯を打ち明けました。
 郷介がすべてを語り終えたところで、いよいよ友三郎は名乗りを上げました。
 「それがしこそ汝が手にかけしおまんが夫、小津友三郎なり。汝を討たんとこの年月、いかに苦労をしたことか。いざ、覚悟して勝負、勝負」
 郷介は友三郎を返り討ちにせんと斬りかかるも、彼ににやすやすと討たれて絶命しました。
 本意を遂げた友三郎は国へ帰ると、手柄を讃えられて殿から褒美を賜り、家はいよいよ栄えたといいます。


 筋書きの上では、髭女をはじめとする種々の妖怪は郷介に殺された人々の怨念が化したもののようにみえます。
 しかし、怪事が起こる直前、二匹の狐が髑髏を頭に載せ、火を灯して何者かに化けようとするのを友三郎が目撃する場面が挿入されており、化物たちが狐の変化であることが示唆されています。加えて髭女たちの正体が狐であることを示すかのように、その足は毛に覆われ、裾からは獣の尻尾が覗いています。
 その一方で瞽女の死体から抜け出した人魂が後の場面でも描かれている点から、その正体については渾然とした描写がなされているとも考えられます。

 
▽註

・『化物一家髭女』…黒本、青本。富川吟雪(房信)画。明和7年刊。

▽関連





 タイトルにもなってるからどんな活躍をしてくれるのだろうと期待していたら、髭女さんの出番は前半クライマックスまでだった! その後の化物屋敷パートではまったく出てこないし。作者的には推していきたい妖怪だったのに生かしきれなかったのかもしれません。惜しい。