清玄

■清玄[せいげん]

▽解説

 浄瑠璃や歌舞伎にみえる「清玄桜姫」ものの諸作に主要人物として登場する僧です。
 寺院参詣に来た桜姫の色香に迷った挙句に破戒僧となって命を落とし、その怨念が姫につきまといます。

 寛文十三年(1673)の浄瑠璃『一心二河白道(いっしんにがびゃくどう)』が初作とみられ、ここでの清玄は京都清水寺の若僧で、生霊・死霊となって見初めた桜姫につきまといます。やがて桜姫は観音の導きによって極楽往生を果たし、子安地蔵となります。

 江戸の歌舞伎では浅草の観音や鎌倉の長谷寺・新清水が清玄桜姫ものの舞台となりました。
 文化十四年(1817)の四世鶴屋南北作『桜姫東文章』は清玄桜姫物に隅田川物と呼ばれる別作品やその他の伝説、風聞の要素を組み込んだ作品となっています。
 清玄桜姫物自体が明治以降は廃れ、『桜姫東文章』もまた初演以来長らく途絶えていましたが、昭和二年に復活してからは現在に至るまでたびたび再演される人気の演目となっています。

 同作における清玄と桜姫の物語は以下のようなものとなっています。

 長谷寺の僧・清玄はかつての名を自久坊といい、相承院の稚児・白菊丸と衆道関係に陥った末に江の島稚児ヶ淵で心中を図りました。しかし白菊丸が渦巻く淵に身を投げた瞬間、清玄は気後れしたすえ怖気づき、ひとり生き残ってしまいます。
 十七年後、長谷寺新清水の阿闍梨となった清玄は、受戒を求めて参詣に来た十七歳になる吉田の息女・桜姫と出会いました。
 桜姫は生まれつき握った左手が開かぬ不具者であり、そのために縁談も成らぬ身の上。加えて父ならびに弟の梅若丸が殺害され、家宝である都鳥の一巻も盗まれるという不幸の極みにあって、世を儚んで出家を望んだのでした。
 哀れに思った清玄が念仏を唱えたところ、ついに指が動き、開かれた手の内からは「清玄」の名が記された小さな香箱の蓋が転がり落ちました。
 それはかつて白菊丸が清玄との仲を誓って入水時に握りしめていた品でした。奇しくもこの日は白菊丸の命日、すなわち桜姫はかの稚児の生まれ変わりだったのです。

 桜姫は草庵で剃髪に臨みますが、そこへ釣鐘権助なる男が現れました。
 この権助は先年吉田の屋敷に忍び込んで桜姫を犯した無頼漢でした。実は桜姫はこの際に身籠った子を秘かに出産しており、一夜の悪縁深き契りも忘れ難く、男の腕に施されていた鐘に桜の刺青を見て、同じ模様を己が入れ黒子(腕などに入れる小さな刺青)としていました。
 ここへきて、桜姫は出家をやめて権助と夫婦になる道を選んでしまいます。
 一方、権助の仲間で、桜姫のかつての許嫁でもある入間悪五郎は、姫の左手が開いた今ふたたび結婚を望むようになっていました。悪五郎は香箱に書かれた名を見て、清玄と桜姫に不義の汚名を着せます。
 「たとえどうあろうと、清玄様に罪はない」と清玄をかばう桜姫ですが、新清水住僧の座を狙う残月の加担もあり、清玄は女犯の破戒僧として寺を追放されてしまいました。
 これも因果の道理と罪を引き受け百叩きの刑を終えた清玄は、破戒堕落の身となり、白菊丸を桜姫と思い換え、彼女と祝言をあげようと決意します。本心を示そうと桜姫の前で数珠を引きちぎってみせる清玄でしたが、当の桜姫は権助と夫婦になることを望んでいるため、既に子があるのを口実に断ろうとします。
 そこへ姫を狙って悪五郎が乱入して吉田の家臣らと争いになり、姫は混乱のうちにその場を逃げ出します。
 悪五郎に拐され捨て置かれた桜姫の子を拾った清玄は、以後破れ衣に破れ笠の風体で子を抱き、桜姫を追い求めるようになるのでした。

 やがて清玄は病に罹り、桜姫の局・長浦と、彼女との不義が露見して寺を追われた残月が暮らす岩淵の庵に身を寄せるようになります。このとき桜姫の子は葛飾のお十という女に引き取られていきました。
 残月は清玄が持つ香箱が入った袋を金が入っているものと思い込み、青蜥蜴の毒を薬と偽り飲ませて殺そうとします。
 企ては寸前で悟られましたが、残月と揉み合った清玄は毒薬を浴びて顔半分が紫色に染まったうえ、転倒した隙を突かれ夜具や割り木で散々に打たれて昏睡状態に陥ってしまいました。

 残月は桜姫に手を出そうとしたために長浦ともども権助に身包みを剥がれて放り出され、番傘一本だけを手に何処かへ姿を消しました。
 庵で香箱を見つけた桜姫がこれまでのことに思いを馳せていると、雨が降り雷鳴が轟き始め、落雷の衝撃で清玄が蘇生を果たしました。驚き逃げようとする桜姫に歩み寄りながら清玄は言います。
 「情けないぞや桜姫。身に覚えなき清玄を破戒の僧となしたるも、これみなそなたの心一つ」
 そして一度は口外すまじと誓った桜姫の前世を、遂に本人に暴露するのでした。
 「情けなや清玄様。たとえ前生どのような深い恋路であろうとも、主あるわらわを恋いたもうは道ならぬ恋というもの」
 桜姫はそう諭しますが、病身でもはや命も風前の灯となった清玄は、ここで桜姫と共に死んで来世で結ばれようと出刃包丁を握りしめます。
 「この世の縁は薄くとも、未来で添おう。死んで下され」
 ところが桜姫を追い回すうち誤って墓穴へ転落した清玄は、出刃で己の喉笛を貫いてしまい今度こそ息絶えるのでした。
 桜姫は戻ってきた権助と連れ立って去りますが、その背後には早くも清玄の亡霊が立ち上がっていました。
 権助の片頬が突如として清玄と同じ紫色に爛れるのを見て、桜姫は毒食らわば皿までと覚悟を決めて発ちました。

 その後、桜姫は小塚原にて風鈴お姫と呼ばれる安女郎に身を落としました。
 優れた容色から客は絶えませんが、彼女の枕元には化物が出ると噂され、どの店でも嫌がられて仕替えを繰り返していました。
 権助は桜姫の稼ぎを元手に浅草の家主となって裕福に暮らしており、ある日我が子と知らずに葛飾のお十から赤子を預かることになりました。そこに休業を余儀なくされた桜姫が戻り、入れ替わりに権助は寄合に出かけていきました。
 桜姫もやはり実子と対面しているとは気付かぬまま独り寝床に入りましたが、そこへまたもや清玄の亡霊が現れます。

 消えては現れ、恨めしそう見つめてくる清玄に対し、桜姫はこう捲し立てます。
 「幽霊さん、イヤサ、そこへ来ている清玄の幽霊どの。つきまとうような性があるなら、ちっとは聞き分けたがいいわな。私が次々と鞍替えするのも、そなたの死霊がつきまとうゆえ。馴染みの客まで遠くなるわな。人の稼ぎの邪魔をするのか。妨ぐるのか。最初こそ愛しやとも不憫なとも、因果の道理だと思っていたものを、毎夜のことゆえ慣れっこになって、もう怖くもないよ。幽霊もそう足が近くっちゃあ飽きがくるよ。さあ、消えなよ消えなよ、夜が明けるよ。幽霊が朝直しでもあるまいさ。消えな帰りな。ええい聞き分けの悪い。坊主客はこれが鬱陶しい。桜姫の前生が稚児の白菊丸かは知らないけれど、こっちの知ったことじゃなし、いわば、そなたにこっちの恨みこそあれ、恨まれる話はないよ。これじゃそっちがあんまり横道というものだ。こうしてしがない身になっていると思って、私を見くびってつきまとうのか。世になき亡者の身をもって、緩怠至極。ええ、消えてしまいねえよ」
 
 すると、清玄の霊は赤子が生き別れになった桜姫の実子であること、実は権助こと忍ぶの惣太が清玄の弟であることを打ち明けました。
 桜姫は赤子を抱き取ろうとしますが、死霊は彼女を阻んで近寄らせません。しかし桜姫が刀を手にして斬りつけると死霊は忽ち消え失せました。
 赤子の袂には入間悪五郎と権助が秘かに通じて吉田家横領を企んだことを示す密書が入っており、これを読んだ桜姫は権助に疑いを募らせます。
 帰宅した権助は酒に酔い、桜姫の言葉に乗せられた挙句、かつて彼女の父と弟を殺し、家宝を奪ったのは自分だと告白しました。
 仇敵は眼前にあり、今こそ家宝を奪還し吉田家を再興すべき時。桜姫は再び刃物を手にすると、我が子ながら仇の血を引く赤子を刺し殺し、次いで権助をも斬って討ち果たしました。
 
 この後、桜姫は家臣らと再会して元の姫君の装いに戻り、物語はお家再興に向けての大団円で幕を下ろします。




 南北の桜姫はすごいキャラクターですねぇ……。清玄のほうは幽霊になってからもひたすら陰気につきまとってくるばかりなので、よく地味だとかいわれてしまってます。
 あと清玄の女体化バージョンみたいな「清玄尼」が登場する作品もあるので、その辺もいつか紹介してみたいですね~。