なまえ

■すじかぶろ

▽解説

 勝川春英の『異魔話武可誌』には、鱗で身体を覆った頭の大きな妖怪「すじかぶろ」が茶を運んでいる姿が描かれています。
 同作の図を流用した『列国怪談聞書帖』では、この妖怪に以下のような物語が付け足されました。

 昔、奈良の木辻に初めて郭が開かれた頃のこと。
 浦島某という娼家では毎夜どこともなく赤子の泣き声がするので、人々はこれを怪しみ客足も遠退くようになっていました。
 ある夜、主人は廊下で例の泣き声を耳にしました。
 見れば、異形の妖怪が禿(かぶろ、かむろ。遊女に仕えて見習いをした少女)に紛れて各座敷を巡り、室内を窺い見ては客が残した酒肴などを食しています。
 やがて化物はどこかへと去りましたが、夜が明けてから調べてみたところ、廊下や畳には化物の爪痕らしき筋が残されていました。
 人々はこれに「筋禿」という名をつけて恐れました。しかし主人は「家業の妨げをなす妖怪、打ち殺して災いの根を断つべし」と奮起し、別の夜にまたも出現した妖怪を、下男らと共によってたかって打ち殺してしまいました。
 灯で死骸を照らすと、妖怪の全貌がようやく明らかになりました。
 それは全身に鱗を生じ、眼は大いに光り、口には牙を構え、手足には水かきがあり、爪は長く、顔つきは人のよう、身体はさながら獺(おそ)のような怪物でした。池に棲むものとみえ、半身は泥にまみれていました。
 『異物誌』や『江戸砂子』には赤子のような鳴き声を発する獣や魚の記述があり、筋禿もこうした種類のものが変じたのであろう、とされています。


▽註

・『異魔話武可誌』…勝川春英画、勝川春章補助による絵本。寛政2年(1790)刊。32の妖怪が描かれているが、名前が記されているのみで解説の類はない。
・『列国怪談聞書帖』…読本。十返舎一九作。享和2年(1802)刊。『異魔話武可誌』の改竄本で、春英の妖怪図のうち17種に対応する怪談を付け加えて読本の体裁としたもの。『怪談百鬼図会』の題でも刊行されていた。