黄蔵主

■黄蔵主[おうぞうす]

▽解説

 『続三州奇談』に記されている加賀の化け狐です。


 七窪の地は越の高浜とも呼ばれ、土地が丘のように七ヶ所も上がり下がりしているうえ、風が砂を吹きつけてくるため、旅人にとっては難所のひとつとなっていました。夏は砂が焼けて歩み難く、秋は松葉が日を覆い、冬春は雪風が通行する人々を悩ませました。

 安永(1772~1781)の初め頃、この地に稀有なる狐の妖があったと伝えられています。
 これは晩秋、能登の総持寺に向かう僧が多い時期の事といいます。
 ひとりの禅僧がこの七窪の砂地に歩き疲れて、松の古木にもたれかかってひと眠りしていました。
 しばらくして夕風の冷たさに目を覚ますと、傍らにもう一人、やはり仮眠をとっていたらしい僧の姿がありました。あくびをした後、じろじろと先着の僧を見つめて、何か物言いたげな様子。
 「お主はどこの僧だ。何方へ参られる」
 関東生まれで遠慮知らずの僧は、後から来た僧にこう問いかけました。
 「何処の者でも僧は僧なり。それを疑うとは何事ぞ」ともう一人の僧は答えます。
 「咎め好きの坊主だな。ただ尋ねただけではないか。それを疑って訊いたと受け取るとは、狐疑心(狐のような疑い深い性質)を持っているからだな」
 関東の僧がそう応じると、もう一人はまた反論します。
 「心中元来一物なし。疑うをもって狐疑心となすならば、お前も五百生(六道の中で幾度も生まれ変わること)中の野狐生なり」
 関東僧は怒って「野狐生とは其方のことだ。不落因果不迷因果の理は済んだのか」と尋ねました(禅の公案「百丈野狐」をふまえた問い)。
 「さても愚鈍なる問いようかな。不落も不迷も同じことにて、今の世では古い書き損じのようなものだ」
 これを聞いた関東の僧はますます怒ってその場に寝転んでしまい、お前の師は誰でどこの法を継いだのかと問い質します。
 後の僧が「我は師を求めず、法も継がぬ」と答えて、更に「そなたは不学者なれども気丈者なり。もっと問答せんか」ともちかけます。
 ところが怒りの収まらない関東僧が「法も受けず師もなき者ならば、犬に劣れる類の者ぞ」と罵ると、後の僧はにわかに相好を崩し、四方をきょろきょろと見回しはじめました。
 そこで関東僧が横になったまま松に足をかけて放尿すると、後の僧は驚き「クハイ、クハイ」と声を上げて三間ばかり飛び退いたかと思うと、獣の姿に変じて松林の中に逃げ去っていきました。

 関東僧はしばらくその場で不思議なことだと怪しんでいましたが、やがて通りかかった旅人たちに同行して今浜方面に出ました。
 道中、先ほどの問答について話すと、酒井の永光寺の僧がこう言いました。
 「それこそ、この野辺にて年を経た黄蔵主という黄狐でしょう」
 これを聞いて関東の僧も合点がいきました。思えばあの僧の目つきや物言いはいかにも野狐らしく、野卑な言動をとる関東僧を犬が化けたものであると思い込み、恐れをなして逃げだしたのです。
 
 七窪は禅僧がよく通る場所であったため、このように狐も法語を覚えて、問答をしようと現れるようになったのだろうとのことでした。
 

▽註

・『続三州奇談』…堀麦水著。『三州奇談』の続編で、前作同様に加賀、能登、越中の奇談を収める。18世紀後半に成立。

▽関連


白蔵主
百丈野狐



 まさしく野狐禅。なのですが、『続三州奇談』では、もう少し長く問答が続いてたら妙義を得られたかもしれないから、関東僧を犬だと思って逃げてしまったのは残念だ――とまとめられています。