白蔵主

■白蔵主[はくぞうす]

▽解説

 狂言『釣狐』では、狐罠のために一族をみな失った老狐が、罠を仕掛けた猟師の叔父にあたる白蔵主という僧に化けて彼の前に現れ、狐釣りをやめさせようとします。
 狐の白蔵主は玉藻前狐が殺生石に変じた故事を引いて殺生を戒め、今後の狐釣りをやめるよう約束させます。
 企みが上手く運んで狐は喜び、小躍りしながらの帰り道で狐罠の油鼠を見つけます。
 狐は餌の誘惑に負けて、この罠、ひいてはこの鼠は父や祖父の仇、これは仲間を釣られた仇討ちなのだと理屈をつけ、衣装を脱いでから食べてやろうと一旦去っていきます。
 叔父の様子を訝しんでいた猟師は、狐が来たと知るやこれを仕留めようと待ち構えます。本来の姿に戻った老狐は、手を出したり引っこめたり、どうにか罠にかからず餌を得ようと苦心している様子。
 やがて狐は罠にかかって釣り上げられてしまいますが、猟師と渡り合ううちに罠を外して逃げ去っていきます。


 『絵本百物語』にも白蔵主の図があり、次のような話を載せています。

 甲斐国の夢山の麓に弥作という狩人がおり、揚げた鼠を餌にして罠で狐を捕え、その毛皮を市で売ることを生業としていました。
 夢山には多くの狐が棲んでいましたが、その子らはことごとく弥作に狩り尽くされ、あとは年老いた親狐ただ一匹が残るのみとなっていました。
 これを恨みに思ったか、あるとき狐は宝塔寺の住職で弥作の叔父にあたる白蔵主に化けて、銭一貫で弥作から狐罠を買い取って狩りをやめさせました。
 しかし、狩りをやめては生業が立ち行かなくなり、弥作は再び叔父から金を貰おうと宝塔寺を目指します。
 これを察知した狐は本物の白蔵主を食い殺して住職になり代わり、以後五十年あまりを寺で過ごしたといいます。
 ところがある年、同国倍見の牧で鹿狩りが催された際に見物に出かけた白蔵主は、郷士・佐原藤九郎の飼い犬である鬼武、鬼次に食い殺され、ついに狐の正体を現しました。白い老狐の尾に生えた毛は、白銀の針のごとく鋭いものでした。
 人々は祟りを恐れて屍を埋め、祠を建てて狐を祀りました。これが後世にも伝えられて「狐の杜」と呼ばれたといいます。
 この出来事が狂言の『吼噦』(こんかい。釣狐の異称)の元となったもので、これより狐が法師に化けることを白蔵主と言い慣わし、法師が狐に似た振る舞いをすることもまた白蔵主と称するようになったのだとしています。


▽註

・『絵本百物語』…天保12年(1841)刊の怪談集。桃山人作、竹原春泉斎画。副題『桃山人夜話』。

▽関連


玉藻前