やよ

■やよ

▽解説

 長崎県南松浦郡新魚目町に伝わるものです。
 新魚目町の河童話を集めた『がっぽ』(矢野植己著・昭和49年)の記述に基づいて紹介します。


 昔、新魚目村の榎津では、夏の夕暮れ時になると、どこからともなく美しい女が現れると噂されていました。
 この村に暮らし、度胸と気風の良さで知られたひとりの若者は、あるにわか雨の夕方に元海寺の鐘つき堂前で、突然の雨に困っている女と出会いました。
 女は話しかけても恥ずかしげにうつむくばかりでしたが、「名はなんと云うとネ」と尋ねると、かすかに「やよ」と答えました。
 若者がやよのために傘を持ってきてやろうと一旦帰宅し、再び鐘つき堂までやってくると、既に彼女の姿は消えていました。

 半月ほど経ったある夜。
 若者は大漁祝いの宴からの帰りに、不思議にも家路を見失って小半刻ばかりさまよい歩いていました。酔ったかな、と田の畦道で星空を眺めつつ一服した後は無事に家までたどりつき、その安心からか急に小便がしたくなりました。
 用を足していると、誰かが若者の「筒」の先をちょんと弾き、撫でてくるような感触が。若者は咄嗟にその手を捕まえて、それを引っ張って家に入りました。
 行灯の火で照らしてみれば、それはなんと河童の腕でした。
 なんだ河童のいたずらか、と、若者は腕を部屋の隅に放り投げて眠りに就きました。
 
 喉が渇いてふと目を覚ますと「もし。もうし……」と戸口で呼びかける声がします。
 「先程は、すみません。わたしの腕を返してくれませんか」と言うのは、雨の日に会ったやよの声でした。
 「もう、あげないたずらはせぬ故に、腕を、腕を返して……」とやよは懇願しますが、若者は「いや、返さん、すこしはこりたか」と叱りつけ、素気なく追い返してしまいました。
 
 それからというもの、河童は毎晩戸口に現れてはさめざめ泣いて、腕を返してくれと頼み続けました。
 若者は河童を哀れにも思いましたが、このまま腕を返してはまた悪戯を繰り返すかもしれないとも考えていました。
 そこで腕は囲炉裏で燃やしてしまい、代わりに藁で作った偽の腕を河童に投げてやりました。
 河童はキェッ、キェッと叫んだ挙句「阿呆!! おいの声に騙されて、腕を返したお前は愚かよ。こんどは、なでるだけではすまさんぞ」と捨て台詞を吐き、ヒタヒタと走り去っていきました。

 ところが、川藻の陰のねぐらに帰った河童には、どうしても藁の腕を接ぐことができなかったといいます。


▽関連

 ・河童