印旛沼の怪獣

■印旛沼の怪獣[いんばぬま‐かいじゅう]

▽解説

 印旛沼の掘割工事を命じられた福岡秋月藩・黒田甲斐守の家来、山田忠左衛門が天保十四年(1843)に提出した報告書の形式をとる文書に記されている怪物です。

 
 天宝十四年、印旛沼と利根川の水路工事を行っていた者たちが、弁天山近くの底なし沼から濁水が噴き上げるさまを目撃しました。
 彼らが監視を続けていたところ、突如として大嵐となり、この怪獣が現れました。
 これは全長が一丈六尺ほど、顔周りは一丈、手の長さは六尺、爪は一尺、口は五尺、目は四斗樽ほどの大きさで、鼻は低く、猿のような顔つきで黒色だったといいます。
 怪獣はしばらく大石に腰をかけていましたが、雷のような音を立てると見回りの役人ら十三人が即死してしまったといいます。

 この文書の最後には「越前守」「以前恨」「門前騒」など、老中水野忠邦を非難する内容が読み取れる九文字が記されています。実際の報告書にこのような内容が載るはずもなく、怪獣の記事自体も印旛沼干拓事業に関する風刺、政治批判の意図がこめられていた可能性があるようです。



 固有の名前はついていないようなので印旛沼の怪獣、幻獣、怪物などと呼ばれてます。
 図だけ見るとアザラシか何かのようですが、真っ黒に塗りつぶされていてどことなく不気味な雰囲気です。