ホアヤ

■ホアヤ

▽解説

 筑前国の水主である孫太郎(孫七。延享元年~文化四年)の漂流体験を記した『南海紀聞』『漂流天竺物語』で紹介されている怪獣です。


 筑前志摩郡唐泊浦から出航した伊勢丸は暴風のため漂流し、水夫の孫太郎、幸五郎は流れ着いた異国で奴隷として転売される日々を送ることになりました。
 やがて幸五郎は病死、孫太郎は黒坊の国「カイタニ」のバンジャラマアシ(ボルネオ島南部・バンジャルマシン)という所へ連れて行かれ、タイコン官なる華僑に買われました。

 この国の川には不思議なものが棲んでいました。
 姿は絵にみる龍から角をとったもののごとく、唇や鼻の形は厳めしく、頭の左右に長い鬣と耳があります。手足は四つで爪も四つずつ、体長は六、七尋から十二、三尋ほどあり、往来の船に纏わりついて人を脅かします。
 現地人はこれをホアヤと呼び、殺せば必ず祟りがあるとして恐れていました。

 ホアヤは春になると山に登り、手鞠ほどの卵を産みます。その数は三十六、生まれた子は二尋ほどの大きさになります。
 親は子が川に入ると執拗に追い回し、次々と食い殺していきます。そして最後に残った一匹のみを我が子として大切に養育するのだといいます。子連れのホアヤは船が近くを通ると激しく怒るため、人々もこれを遠ざけました。

 ある時、夜回り番の者が格子で囲った川の水浴び場に入ると、朽ちた柱を押し破ってホアヤが侵入してきました。
 ホアヤは川から上がろうとする夜回り番の片足を食いちぎると、出口を見失って囲いの中でうろたえ暴れました。
 夜回りの叫びを聞いて集まってきた人々が鉄砲を持ち出して銃撃を浴びせるも、弾丸は一つとして厚い鱗を破ることができません。数十人が棒で打ち据えることで、ようやくホアヤは絶命しました。
 熊手を使って陸に引き揚げてみれば、大きさは七尋ばかり、腹は少し赤く、尾の先に剣があることが分かりました。眼の恐ろしさはやはり角なき龍そのものといったところでした。
 これまでホアヤが人を害したことはなく、人もまたホアヤを殺したことはありませんでした。殺せばまた別のホアヤが人を害するといって、常日頃手出しを避けてきたからです。
 今回はホアヤを殺し、死骸を川に流しましたが、先にホアヤが人を襲う過ちを侵したこともあってか、その後の災いはなかったといいます。
 ただし、足を食い切られた者は療治叶わず翌日死亡してしまいました。


 『南海紀聞』ではこの怪物の名をボアヤとし、鰐のことだと説明しています。
 記述内容はほぼ同じですが、外見の記述はより詳細なものとなっています。
 曰く、全身が淡黒色で腹と唇は黄色。鬣は背の上半から尾に至るまで生えており、爪は鉤のよう、尾の端は三稜で尖っています。鱗は甚だ堅いものの、腹の一部にのみ皮の薄い場所があるといいます。
 また『暹羅紀行』にある、暹羅国の川に産する無角の龍(釈尊の説法により角が落ちたと伝わる)もまたボアヤのことであろうとしています。