鶴女房

■鶴女房[つるにょうぼう]

▽解説

 鶴が人間の女に姿を変え、助けてくれた人に恩返しをするという「鶴の恩返し」の話は日本各地に伝わっており、現在も絵本などを通じて広く知られています。
 この種の話のうち、鶴が主人公である男の妻となって報恩する展開のものは「鶴女房」と呼ばれています。


 地域により差異はありますが大筋は共通しており、たとえば岩手県では以下のような内容で伝わっています。

 昔、ある若者が田打ちをしていたところ、一羽の傷ついた鶴がよろよろと降りてきました。見れば足に矢が刺さっています。若者がこれを抜いてやると、鶴は回復して飛び去っていきました。
 若者が仕事を終えて帰ると、家では美しいあねさまが待っていました。あねさまが「嫁ごになります」と言うので、二人は一緒に暮らすようになります。彼女が持参した小袋には米が入っており、この米はいくら使っても尽きることがありませんでした。
 ある時、機場を建ててやると、女房は「七日の間は絶対に見ないでください」と言って機織りを始めました。七日経つと見たことのないような美しい織物ができあがり、夫がこれを売りに出たところ、なんと百両の値がつきました。
 驚き帰宅すると、妻はまた機織りをしています。いったいどうやって織るのか気になった夫は、約束を破り機場を覗いてしまいます。中では以前助けてやった鶴が、自分の羽を抜いて織物を作っていました。
 鶴は「こんな姿を見られてはここにはいられません」と、天に飛び去っていきました。


 山形県南陽市にある珍蔵寺は、鶴女房の話が縁起譚となっています。
 昔、金蔵という貧乏な男が宮内の町へ薪を売りに行って、道端で鶴をいじめている子供らに出会いました。
 金蔵はかわいそうに思って「鶴ばおれさよこせ」と、薪と鶴を取り替えます。そして「二度とこだなどこさ来んなよ」と鶴を逃がしてやるのでした。
 その夜、金蔵が眠りに就こうとした頃、綺麗な衣装の女が家にやって来て「おれを嫁にしてけろ」と言いました。
 金蔵は戸惑いますが、何がなんでも嫁にしてけろという言葉に押されて、彼女と夫婦になります。
 こうして妻が反物を作り、金蔵が町でそれを売って米を買うという生活が始まりました。
 機織りをするところは見ないようにと言われていましたが、気になった金蔵は障子の隙間から妻がいる奥座敷を覗いてしまいます。すると、そこでは鶴が自分の羽毛を抜いて機織りをしていました。鶴はもうほとんど羽毛がなくなって赤裸になっています。
 驚いた金蔵が声を上げると、鶴は「じつはこの前あんだに助けられた鶴だ。見らっだからは、別れらんなねはあ」と言って、織り上がった反物を渡して飛んでいってしまいました。
 金蔵は「これは悪いことをした」と後悔しながら反物を売りに出ますが、いくら高値で買うと言われても却って惜しくなるばかりで、結局売らずに帰ってきました。
 それから金蔵は鶴を供養しようと出家して修行を積み、漆山に寺を建てました。これが珍蔵寺で、当初は金蔵寺と呼ばれていたのだといいます。

 一連の出来事を海外の話として語る場合もあり、岡山県真庭郡美甘村では次のように伝わっています。
 支那のある猟師が、ビタビタ雪の降る日に山で足を負傷した大きな鶴に出会い、かわいそうに思って治療を施してやりました。
 数日後、足が癒えた鶴は恩返しのために旅の女に化けて猟師の家を訪れ、そのうち女房になって機織りを仕事とするようになりました。女は機を織るところは決して見てはならないと言い、夫も「よしよし、ほんなら見りァへんけえ」と言ってはいたものの、実際は見たくて見たくてたまらず、ある時ついに覗き見てしまいます。
 体の毛を抜いて機を織っている姿を見られた鶴は猟師に正体を明かし、見破られてはどうすることもできないので出ていくと言います。
 「この自分の織った機ァ大した金目ェなるもんだけえ、せえでこれゥ買う人ァ支那の国でも大勢はおらんけぇ、セイハク文王(西伯文王。周の武王の父)いう人を訪ねて行って、その人ェ買うてもらええ」と告げ、鶴は逃げていきました。
 猟師は何日もかけてセイハク文王を尋ね、ようやく行き当ったその人に反物を高値で買ってもらい、以後は安らかな渡世を送りました。

 御伽草紙『鶴の草紙』も鶴女房を主題とするものですが、この鶴は機を織らず、地頭が課した難題を解決するために「わざわい」という獣を夫に従わせます。
 

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