饕餮

■饕餮[とうてつ]

▽解説

 中国の神話に登場するもので、人面羊身の怪獣として知られ、その名が示す通り(饕は財を貪る、餮は食を貪るの意)非常に強欲な存在であると考えられています。

 『春秋左氏伝』では、渾沌、窮奇、檮杌と共に「四凶」のひとつに数えられています。
 縉雲氏の不才の子は強欲かつ悪辣な性質の持ち主で、人々は彼(あるいはかれら)を饕餮と呼びました。饕餮は舜帝によって西方に追われ、以後は妖怪の侵入を防ぐ役を与えられたといいます。
 『神異経』には、西南方に体毛が多く頭上に豕(いのしし、ぶた)を載せた人がいて、これが饕餮であるとの記述がみえます。性格は凶悪で、財を蓄えることを好むものの、それを用いようとはしません。よく人の物を奪い、群衆を恐れ、単独でいる者には襲いかかるといいます。
 また、別名として貪惏(たんらん、貪り求める)、彊奪(きょうだつ、強いて奪う)、凌弱(りんじゃく、弱者を虐げる)が挙げられています。

 その他、饕餮は『呂氏春秋』では有首無身で人間を食うとあり、明の時代には竜が生んだ九つの子(竜生九子)のひとつと考えられるようになりました。
 『三才図会』は饕餮を図入りで紹介しています。それによれば饕餮は鉤吾山に棲み、羊身人面で目は脇の下にあり、歯は虎、爪は人のごとく、鳴き声は嬰児のようで人を食うといいます。これは『山海経』西山経で紹介されている狍鴞(ほうきょう)という獣の特徴を引用したもので、両者を同一視する考えに基づく記述であることがわかります。
 殷・周代に作られた祭祀用の青銅器にみられる獣面のような文様は饕餮文と呼ばれています。ただしこれは後世つけられた呼び名であるため、文様が饕餮を象ったものかどうかは詳らかではありません。


 現在では海外の妖怪を扱った書籍などで紹介される機会も多く、娯楽作品にキャラクターとして登場する例もありますが、かつての日本ではさして広まらなかったものとみえ、したがって独自の伝承や変容も生じにくかったと思われます。


▽註

・『春秋左氏伝』…『春秋』の注釈書で春秋三伝のひとつ。魯の左丘明著と伝えられる。左伝、左氏伝。
・『神異経』…漢の東方朔の著と伝わる地誌。四方の辺境の事物を多数紹介する。
・『呂氏春秋』…戦国時代末に秦の宰相呂不韋が集めた食客に編集させた書物。儒家、道家はじめ諸派の説を幅広く載せる。
・『三才図会』…中国明代の類書(百科事典)。王圻の著。 全106巻。様々な事物を図入りで紹介する。
・『山海経』…中国古代の地理書。最古の部分は紀元前3~5世紀に成立。各地の山川に産する奇怪な動植物や鬼神に関する記述が多数ある。

▽関連

窮奇




 檮杌は『和漢三才図会』に単独項目あるし、窮奇は石燕が「かまいたち」の漢字表記に使ったし、渾沌ものっぺらぼうと関連づけられる場合があるし、なんて思いを巡らせると、四凶のなかで饕餮はちょっと影薄いな……と。でも今月は羊っぽい妖怪を出す月間なのでムリヤリに紹介しちゃうのだ。