わりとどうでもいいことを取り上げてぐだぐだと言う記事です。



 「陰陽妖怪絵巻」あるいは「陰陽妖怪絵札」「陰陽妖怪形代」という名前をまだご記憶の方はいくらかいらっしゃるのではないかと思います。 
 2002年に商品展開されたフィギュア(形代)とカード(絵札)で、正式名称は「荒俣宏の奇想秘物館(キュリオ・キャビネット) 陰陽妖怪絵巻」となっています。監修は『怪』主要執筆陣のひとり荒俣宏氏。世界観のベースとなったのは、室町時代に描かれたという大徳寺真珠庵蔵『百鬼夜行絵巻』です。
 これはもう有名な絵巻ですから、妖怪に興味のない方でも一度はどこかで見たことがあるのではないでしょうか。

 この絵巻には題の通り数多くのお化けが描かれているのですが、詞書というものがありません。すなわちストーリーもセリフも、妖怪たちの名前も存在していないのです。ぜんぶ名無しの妖怪。百鬼夜行絵巻というからには夜に行列して何かしてるんだろうけど、どういう経緯で集まったか、とか、どこへ向かっているのか、といったようなことは、もうズバッと切り落とされて全く「無」なのです。わからないのではなく、ないといった方が正確かと思います。
 だからこそ背景やら何やらを想像して遊ぶのが楽しいわけで、「陰陽妖怪絵巻」もそういう発想からスタートした企画といえるのでしょう。

 ともかく、荒俣宏氏の手により真珠庵本の妖怪たちは名前と性質を与えられ、ひとつの物語の登場人物となりました。
 妖怪たちに与えられた名前は以下の通り。

 えまき

 「鰐口」「靴」などは道具の名前をそのまま妖怪名としたものですね。
 「猫又」や「もうりょう」のような既存の名称もありますが、それらの名をこの絵に当てはめたのは荒俣氏の工夫。
 「棘琵琶」「紺屋騙」「経不読」あたりになってくると、絵の印象だけでなく設定もふまえたオリジナリティ高いネーミングになっていますね。

 「絵札」はトランプとしても遊べるものなので、ジョーカー2枚を含めて全54種が存在しています。
 うち51種が真珠庵本から、「天狗車」のみ京都市立芸術大学資料館蔵の絵巻から登用となりました(フィギュアの方ではさらに『百器徒然袋』『暁斎百鬼画談』の妖怪デザインも参考にされています)。
 残る2種は安倍晴明と菅原道真で、ガイドブックに収録されている小説『百鬼夜行ものがたり』でキーキャラクターとなる人物です。

 くり返していいますが、本来は上図の妖怪たちに名前はありません。
 ただ商品にする都合上、「なんかよくわかんない名無しおばけ」のままではキャラクターになりきらず具合が悪いですから、こうして名前などが設定されるわけですね。
 それ自体をダメだとかイヤだとかいうつもりは毛頭ありませんョ。むしろみんなも色々考えればいいと思うぐらいです。自由な想像が妖怪を育てます。

 で。

 面白いことに(?)「陰陽妖怪絵巻」で設定された妖怪たちのプロフィールが、古来の伝承に基づいたものであると誤解されてしまったと思しき事例がいくつか存在するのです。

 まず、よく知られているのは「空亡」でしょうか。
 絵巻のラストに出てくる赤い玉は「陰陽」では空亡と名付けられており、あるゲームのキャラクターデザインの参考にされた際の誤解から性質が一人歩きしてしまい、ネット上で空亡(そらなき)という妖怪が誕生することになりました。
 この辺の経緯は他所でも詳しく述べられていますが、TYZでも以前に図鑑本編で簡単に書きました。


 それから紹介しておきたいのが、「陰陽」の十年後、2012年に青幻舎より刊行されました『妖怪萬画』でございます。
 萬画といっても石ノ森章太郎とは無関係で、江戸~明治頃の妖怪画を収録した本です。



  主に第1巻では絵巻物、第2巻では版本の類が紹介されています。
 文庫サイズですがページのほとんどを画像に割いているので見やすく、ちょっとした資料として良質なビジュアル本かと思います。
 ただし文章の方は鵜呑みにしない方がいいよ、というのが僕の見解であります。
 なぜかというと、この本の執筆者は絵巻に描かれた妖怪の名前に「陰陽妖怪絵巻」のソレを採用してしまっているからなのです。いや、問題はそれだけじゃないけどね。
 
 一例。

まんが 
(『妖怪萬画 vol.1 妖怪たちの競演』青幻舎、2012年 p.51)

 こんな感じで頁下部に妖怪名が記されているのが基本構成です。
 真珠庵本の紹介は以後、「大幣」「異形/白布」「狐憑」「力鬼」……と続きます。白布?

 待て待て。
 みんな荒俣ネーミングじゃないか。フィクションじゃないか。
 後付の名前を使うこと自体は、場合によっては便利なので構わないのです。でもこういうシンプルな書き方だと「この妖怪は昔から矛担と呼ばれている」「真珠庵の絵巻には矛担という妖怪が描かれている」「矛を持った青い妖怪は矛担である」という誤解を招きかねない。

 
 凡例によれば「妖怪名の表記は、地域、時代、伝承により多様にあるため、本書では参考文献を典拠とし、より一般的に使用されている名称に統一している」とのことですが、うーん。矛担、一般的だったかなぁ。
 ちなみに荒俣名「天狗車」は「朧車」として紹介されています。なるほど、確かにそっちの方が一般的。……いや、あれ朧車か?
 うちのポチと同じ犬種だから3丁目の山田さんちの犬もポチだろうとか、あの鳥は飛ばずに歩いてるからペンギンに違いないとか、そういう論は一般的ではないですよね。
 そもそも百鬼夜行絵巻に妖怪の名前だけを記しておくことが必要であり妥当だったのか。

 続きをみていきますと――。
 『妖怪萬画』では真珠庵本の妖怪にはみな荒俣名が記されていますが「異形/白布」「釜蓋(かまぶた)」「変化鳥(へんげどり)」など微妙に変化している例もあります。
 続いて日文研所蔵の、このところ目にすることが多くなった伝吉光の絵巻や兵庫県歴史博物館の絵巻などが紹介されます。これらも元々妖怪に名前がついていない絵巻です。
 しかもここからは「陰陽」でも名前がつけられていない! さあどうする……ということで、段々混沌としてまいりました。「烏天狗」「鼻高」「龍頭亀」「蜻蛉」「貝児」「栄螺」「異形/白布」そして「白容裔」「燈台鬼」「帯蛇」などなど。
 これらはおおむね以下のようなパターンでしょうか。
 1、妖怪のモチーフとなった道具や獣の名前をそのまま表記(「蛙」「臼」「五輪塔」「桶」「狐」「鬼」など)
 2、『陰陽妖怪絵巻』で作られた名前を準用(「棘琵琶」など)
 3、鳥山石燕の妖怪名などを準用(「貝児」「燈台鬼」「道成寺鐘」など)
 4、ん?(「帯蛇」)

 2や3の、既存の妖怪名をつける主要な理由は、単純に「共通点が見出せるから」だと思います。
 白い布を纏ってたら白容裔、琴のお化けなら琴古主。
 石燕絵のモデルになった妖怪の図柄とかならまだしも、関係性の薄いもの同士をくっつけてる場合も多々あり、どうしてもムリヤリ感がにじみ出てしまってますが。
 この辺りの突っ込んでいくとキリがないので省略。


 そして、同年8月には『百鬼夜行と魑魅魍魎』というムックが発売されました。
 




 この本は『妖怪萬画』を参考文献の一つとしているため、一部の妖怪名がそのまま受け継がれています。


  ちみもうりょう
(『百鬼夜行と魑魅魍魎』洋泉社、2012年 p.11)

 棘琵琶!
 地味に広まりつつあります。絵巻物に描かれてる琵琶の妖怪はみーんな棘琵琶なのかといえば、そんなわけはありません……が、そんな認識が生まれつつある様子。

 一つの企画内でのみ通用していたキャラクター名が、時を経て伝統的な妖怪の名前のような扱いを受け始めているのですが、こうなると今後『陰陽妖怪絵巻』出身の妖怪たちが更に市民権を得ていくことも考えられます。
 新しく出る本でまた同じように紹介されたり、あるいは創作物のキャラクターとして登場したり。たとえば矛担は既に某ブラウザゲームのキャラクターに採用されているようで。たぶん名前の元ネタが何であるかは意識されてない。

 これから妖怪を扱った本や創作物にふれる方、あるいは妖怪を題材に何か創造しよう!とネタ探しをしておられる方などは「その絵巻の妖怪たちについてる名前、案外新しいものかもよ」という例があるのをご理解いただけましたら、別の視点がでてきて面白いかなーと。

 不正確な情報は排斥すべきデアルと憤るのも一つの道ですが、僕は生あたたかく成り行きを観察していく姿勢です。ネタにもなるし。
 妖怪のイメージ形成過程をリアルタイムでみていく興味深いサンプルになってるんじゃないかな? と思う次第で。
 

 おわり。