牛頭

■牛頭[ごず]

▽解説

 地獄で罪人を責めたてる獄卒たちは様々な動物の頭をしていますが、なかでも牛馬の頭をもつものは牛頭馬頭と称して獄卒の代表格とみなされ、数々の地獄絵にその姿をみることができます。


 説話集には現世に現れた牛頭についての記述もみられ、たとえば『今昔物語集』には「但馬の国の古寺に於て毘沙門牛頭の鬼を伏して僧を助けたる語」という話が収められています。

 昔、但馬のある里に建立から百年以上を経た古い山寺がありました。そこには鬼が棲みついており、以前から人も近寄らない場所となっていました。
 ある日、若い法華の持経者と年老いた修行者という2人組の旅僧がこの地を訪れ、事情を知らないまま山寺を宿としました。
 夜になると、何者かが壁を破って2人の寝所に侵入してきました。それは牛の鼻息のような臭気を放っていますが、姿は暗闇のためよく見えませんでした。
 この鬼に襲われた若い僧は大いに恐れながらも法華経を誦し「助けたまえ」と一心に念じ続けました。すると鬼は若い僧を放し、今度は老僧に襲いかかります。
 老僧は悲鳴を上げますが助けに来る者もなく、たちまち鬼に食い殺されてしまいました。
 次は自分が食われる番だと悟った若い僧は仏壇に登り、安置されていた仏像の腰に縋ると、また心の内に法華経を唱えだしました。
 やがて予想通りに鬼が近付いてきましたが、仏壇の前まで来ると不意に倒れて動かなくなりました。 隠れた己を見つけ出すため物音に耳を澄ましているのだろうと考えた僧は、なお仏の身を抱いて経を念じ続けます。
 何年もの時を過ごすような心で朝を待ち、ようやく夜明けを迎えてみれば、僧がしがみついていた像は毘沙門天像だったと明らかになりました。そして仏壇の前では牛の頭をもつ鬼が三つに切り裂かれて死んでおり、毘沙門天の持つ鉾の先には鬼の赤い血がついていました。
 法華の持者である若い僧に毘沙門天の加護があったのです。
 その後、人里に下りた僧はこのことを語り、集まった人々は寺の様子を見て稀有なことだと口々に噂し合いました。僧は涙ながらに毘沙門天を礼拝するとこの地を去っていきましたが、後に但馬の国守もこの話を耳にして、像を京の寺に迎え、本尊として供養し尊崇したといいます。


▽註

・『今昔物語集』…平安時代後期成立、作者未詳の説話集。全31巻。天竺、震旦、本朝の3部からなり、1000以上の説話を収める。

 
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