巴

■巴[ともえ]

▽解説

 『西鶴諸国ばなし』には「鯉の散らし紋」と題した次のような話があります。


 河内国の「内助が淵」の水は、昔から干上がったことがないといわれています。

 かつてこの池の堤には、内介(ないすけ)という漁師が一軒家を建て、妻子も持たずに暮らしていました。
 内介は鯉を捕まえて生計を立てていましたが、あるとき雌ではあるもの凛々しく、目印があって他との区別ができる鯉を捕らえ、それだけはいつも売らずに残しておきました。
 やがてその鯉の鱗には一つ巴の紋が生じて、内介によく懐き、「巴」と名を呼べば人のように聞き分けるようになりました。更には水辺を離れて内介の家で一晩眠ったり、飯を食ったりもするようになっていました。
 生簀で鯉を飼ううち18年が経ち、巴は十四、五歳の娘ほどの大きさにまで成長しました。

 そしてある時、内介は縁談をもちかけられてついに女房を迎えることとなりました。
 内介が漁に出た夜、立波の模様が入った水色の着物を着た麗しい女が裏口から駆け込んできたかと思うと、留守番の妻にこう言います。
 「私は内介殿とは長年の馴染みで、腹には子も宿している仲だというのに、この度あなたを妻に迎えられ、恨めしく思う心が収まりません。急いで親里へお帰りなさい。さもなくば、三日の内に大波を起こし、私はこの家を池に沈めてしまうでしょう」
 妻は帰ってきた夫にこの出来事を話しますが、これは内介にとっても身に覚えのないことでした。
 そのような美人が己に靡くわけもない、それはきっと幻の類だろうと妻を諭して、内介は夕暮れにまた舟を出しました。すると池は俄かに波立ち、浮藻を割って現れた大鯉が船に飛び乗り、口から人の子の形をしたものを吐き出してまた水中に消えました。
 ほうほうの体で逃げ帰った内介が生簀を覗いてみたところ、もう巴の姿はどこにもありませんでした。

 このようなことがあったため、里の人たちは「総じて生類を深く手なずけたり飼い馴らすものではない」と言い合ったそうです。


 挿絵には船上に子を吐き出す大鯉と、それを見て驚く内介が描かれています。鯉の子は人の形をしており髪も生えていますが、その体には鱗のようなものがあります。


▽註

・『西鶴諸国ばなし』…井原西鶴作、貞享2年(1685)刊。全5巻35話。諸国の奇談の類を収める。




 鱗に一つ巴描くのを完全に忘れてたので急遽ほっぺにぐるぐる三つ巴をつけて妥協しました。
 衝撃的な出産法ですけれども、内介ジュニアはその後どうなったんでしょね。