安隆寺坊主

■安隆寺坊主[あんりゅうじぼうず]

▽解説

 『因果物語』(片仮名本)「破戒ノ坊主死シテ鯨ト成ル事」にあるものです。

 羽州最上川の河口、坂田辺りの磯辺に、あるとき体長12、3間の黒い鯨が打ち寄せられてきました。
 この鯨の背には「安隆寺」という大きな文字があり、腹の中には草鞋を履いた人の足と種々の仏具がありました。
 人々が「いずこにそのような寺があるのか」と相談し合っているうち、坂田に安隆寺なる一向宗の寺があると分かりました。
 その寺にはかつて放逸無慙で欲深い坊主がいましたが、3年以前、50歳余りの頃に越前の敦賀へ渡ろうと乗った船が難破し、僧を含め数多くの死者が出ていました。
 さて、打ち上げられた鯨は背中に寺の名がある以上、安隆寺の坊主であることは疑いないだろうと考えられ、ゆえにこの鯨を食う者はおらず、死骸は油も取られないまま打ち捨てられたといいます。


▽註

・『因果物語』…仮名草子。曹洞宗の僧・鈴木正三の聞書を弟子たちがまとめて出版した怪談集。寛文元年(1661)刊。先に刊行された平仮名本と雲歩らが内容を正した片仮名本がある。





 出典では特にこの鯨を指す固有名詞のようなものは示されてなかったのですが、「此の鯨背に銘ある上は疑ひ無き安隆寺坊主也」の一文からとりあえず名前をつけました。
 悪行の報いで鯨に生まれ変わっちゃったってとこなのでしょう。まさか寺の名前まで晒されるとは……。