あやし野

■あやし野[-の]

▽解説

 『怪談筆始』に登場する、化物たちが暮らす世界の人気遊女です。

 豪傑・坂田公平(金平)は思いのままに化物たちをいじめ散らし、「この後決して人間に仇は致すまじ」と証文までとったうえ、故郷へのよい土産話の種と、化物世界の見越入道方へ逗留して勝手気儘に振る舞っていました。
 入れ代わり立ち代わりもてなしに訪れる化物たちに誘われて、公平は化物の芝居見物に出かけます。演目はこちらの世界でも流行りの忠臣蔵。見越入道は親しい役者の楽屋などを見せてやり、帰りには吉原ならぬ草原(くさわら)という郭へと浮かれ出るのでした。

 化物たちは目が一つあるか三つあるか、とにかく異風な面こそ優れた容貌と思っているため、公平を見ると新造たちも「オヤオヤ、顔の満足な人が来た」と笑ってしまいます。
 見越入道は公平にまばら屋のあやし野という全盛を誇る花魁をつけてやろうとしますが、当のあやし野はこれを固く拒みます。
「いかに公平さんだとって、あんなに太平楽を言いなんすを側に聞いておるもあんまり知恵がねえじゃァおっせんか。なんぼわっちらがような女郎でも、意気張りのないもんだと朋輩衆に思われるも馬鹿らしうおっすよ」と言い、「あんなに目許なら口許なら、どこに一ツも言い分のない不景気な男でおっさァ、私ゃァしみじみ好きんせんよ。好かねぇぞョゥ」と不満も露に、頑なに公平の所へ行こうとしませんでした。
 女郎にふられた公平は、退屈のあまり廊下をぶらついて座敷ごとで交わされる話を聞いて回るのでした。

 その後公平は欲心を起こし、見世物にでもして大金を得ようと、見越に「何卒手下の化物のうち二、三人、貰いたいもんだのう」と相談を持ちかけました。
 見越入道は嫌とも言われず、かといって化物の頭と敬われる己がそのようなこともできまいと苦悩した挙句、我が子の三ツ目と一ツ目をくれてやると決意しました。
 泣く泣く子らを説得し、見越は別れを惜しみつつ彼らを公平に差し出しました。
 公平は子供を葛籠に入れて持ち帰ると、早速香具師に話をつけて手付金を得ました。さあ金儲けだと葛籠の蓋を取ったところ、不思議にも化物は陽炎のごとく消え失せてしまいました。
 一杯食わされたかと少しむっとする公平でしたが、考えてみれば全ては己の欲から起こったこと、見越親子の志を察した神仏の加護が二人を西の海へと帰したのだろうと思い直します。
 更に己の先非を悔やみ、この後は化物いじめもやめにして、おとなしくめでたい春を迎えました。


▽註

・『怪談筆始』…黄表紙。十返舎一九作、寛政8年(1796)刊。坂田公平の化物世界巡りの顛末を描く。





 あの(?)坂田金平をフッた女!!
 退治されなくてよかったですねえ。見越入道も毅然とした態度で断ればよかったのに……簡単にそうできないのがトップのつらいとこなのか。すぐ息子たちも故郷に帰れて、一応ハッピーエンドを迎えたようで何よりですが。