おヨシさん

■おヨシさん

▽解説

 明治44年7月の『埼玉新報』には「小児狐に魅る」と題した以下のような記事が掲載されています。

 茨城県北相馬郡高須村に住む櫻井彌吉の6歳になる孫・好文は、明治44年6月初旬より病に罹っていました。
 食事は平素と変わらず摂っていましたが、身体は日に日に衰弱していき、怪しい挙動も見せるようになっていました。
 あるとき祖母が「お前はなぜそんなに痩せるのだ」と問うと、好文は「ご飯はおれ一人で食べるのではない。おヨシさんも食べるからだよ」と答えました。「そのおヨシさんとはどんな人だね」と訊けば、「おヨシさんは大字高須の納場から来るもので、家にはお爺さんとお婆さんと妹のおサトさんの4人いるよ」と言い、見たこともないはずの家の様子を具に話して聞かせます。
 なお詳しく尋ねていくと、好文は狐の真似をするようになってしまいました。そして「油揚げが食いたい」「鳥肉を食いたい」「稲荷の社を建てて頂戴よ」などと口走るようにもなり、いよいよ尋常の様子ではありません。
「お前は狐に憑かれたね。どこの狐だか知っているか」と訊くと「高須の納場大竹伊助方の傍らなる小貝川堤防の根岸なる雑草の繁れるなかにいるよ」と答えたので、祖母は好文をその場所まで連れて行きました。
「婆さんこの穴だよ」と好文が雑草をかき分けると、その言葉通り小さな穴がありました。
 櫻井家の者は好文の病気を憂い、秩父郡の三峰神社へと参詣します。
 そして18日、狐除けの札を貰って戻った家人を見て好文は大いに恐怖し、「とてもこの家にはいられぬ、早く逃げるから飯を食わしてくれ」などと独り言を言い始めました。
 やがて好文は強い眠気に襲われて2、3日の昏睡に陥りましたが、病状は次第に回復し、7月頃には全治しました。
 この話を受けて、同地方の者はおヨシさんなる狐が他の子供にも憑くのではないかと憂慮していたといいます。


▽関連







 先週のおたねさんとはうってかわって図々しい狐です。最後の最後まで飯を要求する厚かましさ……でも「さん」付け。
 妹たちもどこかで誰かに憑いてタダ飯食ってたんでしょうか。