龕の精

■龕の精[がん-せい]

▽解説

 沖縄県山原地方に伝わる妖怪です。
 龕とは死体を収めた棺を入れる輿のことで、これの精霊が怪異をなすと考えられていました。

 今帰仁村運天のブンブン坂(ビャー)という所に、大きな牛になったり馬になったりして向かってくる怪物がいたといい、これが龕の精であったといわれています。
 時には人の足音と、ギーギーという荷物を担いだときのような音だけが通り過ぎる場合もあり、それは正に人が死のうとしている家へと往復する龕の精が立てる音なのだといいます。ギーギーと鳴るのは龕、足音は死人を担ぐときの音だと考えられました。

 国頭郡羽地村には次のような話が伝わっています。
 羽地の山に、子のない若夫婦が住んでいました。この二人は子宝を待ち望み、いつも子供ができるようにと神に祈願していました。
 ある日、夫が用事の帰りにいつも通る山坂へ差しかかろうとした時、川向こうのアダンの陰から赤子の泣き声が聞こえてきました。不審に思って近寄ると、そこにはふさふさした黒髪を垂らした見知らぬ女がいて、頻りに赤子をあやしていました。
 その女は男を見るや「この子を養ってください」と子を渡し、そのままどこかへ行ってしまいました。
 男が帰宅する頃、既に辺りは暗くなっていました。妻は夫が抱いて帰った赤子を見て、神様が与えてくれた子だろうと喜び、育てることを決心ました。
 夫と子供を迎え入れた妻が灯りを点すと、なんと子の姿は白木の位牌に変じていました。妻は驚きのあまり灯火を取り落とし、辺りはまた暗闇に戻ります。すると夫に抱かれた位牌は、またもとの可愛い赤ん坊に変わりました。
 再び灯火を灯すと赤子は位牌となり、また灯火を消すと乳を求めて泣く赤子が現れました。
 灯火は不吉だと思い、夫婦は二人して赤子を抱いて暁を待とうとしました。
 すると、そこへ一頭の雄牛が角を怒らせやって来ました。夫はこれと戦い、妻はその間に子を連れ逃げ延びようとしました。
 しかし、今度は子の姿そのものが忽然と消えていました。
 夫は突然現れた牛が普通の牛でないことに気が付き、縄で手足を縛して両角を掴んだまま、ひたすら夜明けを待ちました。やがて鶏が朝を告げると、荒れ狂っていた牛が急におとなしくなりました。
 その時になってようやく、男が牛の角と思ってとらえていたのは龕の両角だったと明らかになりました。

 また、羽地村では夜に鶏を売りに来る者からはこれを買ってはいけないともいわれていました。
 昔、子供が病気だからと言って鶏を売りに来た者がありました。翌日になって買った鶏を見ると、それは龕の角に飾る木彫りの鳥だったといいます。





 赤子の話はなんとも寂しげな感じがします。本当の姿はあくまで子供で、位牌に変わるのはなにかの間違いだと捉えているような印象で、子宝に恵まれなかった夫婦の思いが垣間見えるようで切ないです。龕の野郎はなにわけわかんない悪戯してんだって話ですね。