馬鬼

■馬鬼[うまおに]

▽解説

 馬の妖怪の一種で、愛媛県や大分県に伝わっています。


 愛媛県喜多郡大川村では、城主が乗っていた白馬の霊が馬鬼になったといわれています。
 元亀から天正(1570~1591)の頃までは蔵川に城があり、左京之介という城主がいました。
 この左京之介は白馬に乗って付近を回っていた時に、誤って馬もろとも谷底に転落して死んでしまいました。以来その辺りでは、黄昏時に鈴の音と馬の嘶きが聞こえ、馬の霊が二間もの大きさの馬鬼となって現れるようになりました。
 土地の者が供養のために法会を営み、六地蔵を建ててからは馬鬼も出なくなったといいます。


 大分県直入郡久住町の馬鬼も元々は馬であったことが語られています。
 都野の嵯峨明神の神保祭の際には、土地の有力者である朽綱氏が神馬を献上する習わしがありました。祭礼が終わっても、神馬は次の年まで黒岳に放しておくことになっていました。
 ある年、この神馬が行方不明となり、以後も祭礼毎に放つ馬が必ず消えてしまうという事件が続きました。
 時期を同じくして、黒岳や阿蘇野を通る人々が馬のような怪物に襲われるという事件も起きていました。
 これらは全て、最初に消えた神馬が妖怪と化してやっていたことでした。事態を憂慮した殿様の大友義鑑は、家来2人に馬鬼退治を命じました。
 大石を盾にし、弓と長刀で戦った末に討ち取られた馬鬼の体長は普通の馬の2頭分、目は怪しい光を放ち、口は耳まで裂け、鬣は2メートルにも達していたといいます。
 その後、馬鬼の祟りか家来には不幸が続いたため、塔ヶ原に社を建てて馬鬼祭を行ったといいます。





 神馬はなぜ道を踏み外してしまったのか……。