飛乗物

■飛乗物[とびのりもの]

▽解説

 『西鶴諸国ばなし』にある妖怪です。
 
 寛永二年(1625)初冬、摂津国池田の里の東、呉服(くれは)の宮山、絹掛松の下に、まだ新しい女性用の乗物駕籠が捨てられていました。
 柴刈りの童子がこれを見つけ、話を聞いた町の人々は集まって駕籠の戸を開けました。
 すると、中から覗いたのは年の頃二十二、三の都めいた美しい女でした。女は黒髪を乱し、金箔を置いた平元結をかけ、白い肌着の上に菊梧の地無小袖を重ね、帯は小鶴の唐織、そして練の薄物を被っていました。籠の中には秋の野を描いた時代蒔絵の硯蓋があり、これに御所落雁や煎榧など様々な菓子が盛られており、剃刀も一挺見えます。
 あなた様は何処のお方か、なぜ独りでいらっしゃるのか、故郷へお送りするので子細をお話し下さいなどと話しかけてみても一切返事はなく、女は俯いているばかりです。その目つきも何やら恐ろしく、集まった人々は我先にと家に帰ってしまいました。
 しかし、このままでは夜間の無事を保証できません。
 心配した者が様子を見に行くと、既に駕籠はそこにはなく、一里南にある瀬川宿の砂浜に移っていました。
 日が暮れると、そこに四、五人の馬方がやって来て女を口説き始めました。が、女はやはり取り合おうとしません。
 無理に思いを遂げようとした時、なんと駕籠から蛇の頭が飛び出し、男たちに食らいつきました。その苦痛は大変なもので、男たちは目も眩み、気絶し、その年いっぱい難病に苦しむことになったといいます。

 この件以後、乗物は芥川、そして今日の松尾神社辺り、その次には丹波の山近くで目撃されました。
 駕籠に乗っている人物は、後に美しい禿に変わり、次は八十余歳の翁、顔が二つある者、目鼻のない姥などと、見る人ごとに違う姿を現す有様となりました。
 これを恐れて夜には往来も絶えてしまいましたが、事情を知らない旅人が夜道で乗物に出くわし、肩から棒が離れなくなってしまったこともあったといいます。この時、不思議なことに駕籠は少しも重くないのに、一町ばかり進むと急激な疲労に襲われ、足も容易に動かなくなって難儀したといいます。
 「陸縄手(久我畷)の飛乗物」と伝えられているものはこれで、慶安(1648~1651)の頃までは目撃されたものの、いつとはなしに噂も絶えてしまいました。
 かわりに「橋本、狐川の渡りに、見慣れない火の玉が出る」と言われるようになったといいます。

 『西鶴諸国ばなし』の挿絵には、美女が乗った駕籠の下部から二匹の蛇が頭を出している様が描かれています。


▽註

・『西鶴諸国ばなし』…井原西鶴作、貞享2年(1685)刊。全5巻35話。諸国の奇談の類を収める。





 正体不明なところがなんとも不気味ですねー。
 火の玉は何か関係あるんでしょうか。