■山口の一つ火[やまぐち-ひと-び]
▽解説
長野県上田市に伝わる怪火で、上田地方の七不思議のひとつとされているものです。
昔、山口村にある美しい娘がいました。
娘は松代の男と恋仲になり、太郎山、鏡台山、妻女山などの山々をものともせず、毎晩男の元へと通いつめました。
雨風も関係なく、彼女はいつも両手に温かい餅を握って男を訪ねました。
恋人の男は、次第にこれらの行動に疑念を抱くようになっていきます。か弱い女の身でありながら、なぜ毎晩あの険しい山を越えられるのか、なぜいつも温かい餅を持ってきてくれるのか、男はあるとき娘に訊いてみました。
「あなたに逢いたい逢いたいの一念には、どうして山路の夜が恐ろしいでしょう。そして毎晩あなたに差しあげるお餅は、家を出るとき握ってくる餅米がいつの間にか餅になっているのです」
彼女はそう答えますが、男の疑いはますます募ります。この交際がいずれ身の破滅を招くのではないかと危惧した男は、遂に彼女の殺害を企むようになりました。
山中の断崖で待ち伏せしていると、疾風のように駆けてくる者があります。このときとばかりに、男は娘を深さも知れない谷底へ突き落としてしまいました。
それ以来、この山々には真紅のつつじが咲き乱れ、火の玉が現れるようになったといいます。
別の伝承によれば、娘は村の若い衆によって殺されたことになっています。
松代から地蔵峠を越え、曲尾を過ぎて太郎山金剛寺峠を通る美人の噂を聞いた若者たちは、ある晩山の中で女を待ち伏せしていました。
すると、たいへんな勢いで娘が走り来たので、若者たちはこれを捕らえようとしました。
娘は用心のため携帯していた剃刀で抵抗しましたが、多勢に無勢、とうとう捕えられて袋叩きにされたうえ、谷底に投げこまれてしまいました。
一つ火とはこのような目に遭った彼女の思いが出るもので、特に雨の夜などにはその光がありありと分かったといいます。
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