空亡

■空亡[そらなき]

▽解説

 空亡(くうぼう・そらなき)は、近年になって妖怪として認識されるようになった存在です。
 大徳寺真珠庵本に代表される『百鬼夜行絵巻』系の絵巻の最後に描かれている巨大な赤い球体がこれにあたるとされ、しばしば「最強の妖怪」などと説明されます。

 空亡(くうぼう)とは本来、十干十二支の組み合わせでの余分を指す言葉で、天が味方せず災厄に遭いやすい時期といわれる「天中殺」と同義です。
 また百鬼夜行絵巻の末尾、跳梁する百鬼を退散させる赤い球体は、太陽あるいは尊勝陀羅尼の火の玉を描いたものと考えられており、暦における「空亡」との直接的な関わりはありません。


 空亡と『百鬼夜行絵巻』の火球とを最初に結び付けたのは、2002年発売のフィギュア『陰陽妖怪絵巻』に同梱されたトランプ『陰陽妖怪絵札』です。
 これはカドカワムック『怪』公認という体裁で、主要執筆陣のひとりである荒俣宏が詞書を持たない『百鬼夜行絵巻』の妖怪をキャラクター化したものです。絵姿のみの存在だった百鬼夜行絵巻の妖怪たちが、この企画内で名前と設定を与えられて立体化またはカード化されました。
 最後に登場する火球は「空亡」の名を与えられ、二種あるジョーカーの図柄の一方として採用されました。
 ここでの空亡は一日と一日、六曜と六曜の境に生じる隙間で、その隙を切り裂いて太陽が転がり落ちてくるとされています。
 解説書『陰陽妖怪絵巻 絵解』に収録された小説『百鬼夜行ものがたり』にも、右大臣九条師輔が遭遇した百鬼を跳ね飛ばしながら大路を転がり進む太陽が「空亡」として登場しています。物語内での設定では、この太陽は陽気が凝り固まった末に土性を得て地上に現れたものとなっており、実は安倍晴明が師輔卿を救うために使役した式神であることが終盤で明かされます。

 物語は荒俣宏の創作ですが(『絵解』にも断り書きがあります)、一連の設定は古来の伝承に基づくものであるとの誤解を含みつつ伝播していくこととなります。

 カプコンより発売されたゲーム『大神』に登場するキャラクター「常闇ノ皇」は「空亡という妖怪」をモデルとしてデザインされました。上記の「百鬼夜行絵巻の火の玉=空亡」という創作が「空亡という妖怪」が存在するという発想にまで敷衍され、加えて「最強の妖怪」との認識も発生しています。
 後にインターネット上の創作活動において、妖怪としての空亡をモデルとするキャラクターに「そらなき」の訓読ならびにより詳細な設定が与えられ、ここに至って妖怪「空亡」のイメージがほぼ完成しました。

 特定の創作物限定の独自解釈であるという点を見落とした不完全な理解のまま情報は拡散され、空亡はある意味で鬼、天狗、河童などと同列の伝統的、古典的な背景を持つ妖怪の一種と誤解されながら広められました。
 つまり、前述の過程を経て妖怪「空亡」が成立する以前の存在(百鬼夜行絵巻の赤い球体など)を空亡そのものとして語るのは、本来不適切なことであるといえます。





 彗星のごとく……ではなく太陽のごとく転がり落ちてきた妖界の大型新人のようです。