骨女

■骨女[ほねおんな]

▽解説

 『今昔画図続百鬼』にある女の妖怪です。
 牡丹灯籠を提げた異相の女が描かれ、「これハ御伽ばうこに見えたる年ふる女の骸骨、牡丹の灯籠を携へ人間の交をなせし形にして、もとハ剪灯新話のうちに牡丹灯記とてあり」と記されています。

 石燕が示している通り『伽婢子』には、中国明代の瞿佑による『剪灯新話』巻二「牡丹灯記」を翻案した「牡丹灯籠」が収められています。


骨女のモチーフとなった『伽婢子』の牡丹灯籠は、次のような物語です。


 天文(1532~1555)戊申の年のこと。
 五条京極に住む荻原新之丞は妻に先立たれてからというもの、ひたすら悲しみにくれる日々を送っていました。
 盆を迎え、今年は妻さえ無き名の数に入ってしまったと経を読み回向して、友の誘いを得ても遊びに出ることはなく、ただ門に佇みぼんやり呆けるばかりでした。

 七月十五日の夜更け、遊び歩く人の姿も稀となり静寂が訪れた頃、二十歳ばかりの美女が十四、五ばかりの女の童に美しい牡丹灯籠を持たせて通り過ぎていきました。
 女はまるで天女が空から降りてきたか、あるいは乙姫が海から出てきたかというほどに人間離れした美貌の持ち主で、新之丞は思わず彼女の後ろについて歩きだしました。
 しばらく進むと女は後ろを顧みて、新之丞に向かって「お送り下さい」と声をかけました。
 新之丞が戯れに、もう夜遅いからと我が家へ誘うと、女は笑ってこれに応じました。
 女の童に酌を取らせて酒を飲み、言葉を交わし、やがて二人は契りを結ぶまでに至りました。まだ交わす睦言も尽きないうちに夜明けを迎え、女は己の素性を明かして去っていきました。

 それからというもの、女は夜毎に新之丞の元を訪れて明け方になると帰っていくようになりました。新之丞は彼女の虜となり、毎夜通い来る嬉しさのため昼間は他人に会うことさえなくなりました。
 このような暮らしは既に二十日余り続いてました。隣に住む翁は、毎晩新之丞の家から若い女の声がすることを怪しみ、あるとき壁の隙間から隣家を覗いて様子を窺いました。
 翁が目にしたのは、灯火に照らされ向かい合って座る新之丞と、一揃いの白骨でした。
 新之丞が語りかけると白骨は手足を動かし、また声を発してそれに応じています。
 翁は大いに驚き、夜明けを待ってあの客人は何者かと新之丞を問い詰めました。しかし新之丞は女のことを隠して語ろうとしません。
 そこで翁は自分が昨夜見たことをありのまま語ります。
 「あなたは幽陰気の霊と座してこれを知らず、穢れて邪なる妖魅と共に寝ながらそのことに気付いていない。たちまちに精気を奪われ、災いが起こって病に罹り、手の施しようもなくなってしまうだろう」と説得されて、新之丞は初めて驚き恐怖を覚え、事の次第を語るのでした。

 女が語った自らの素性は、かつての名門二階堂家の子孫・二階堂政宣の娘というものでした。
 京の動乱で父が討死してからは兄弟もみな絶えて己独りとなり、今は女の童と万寿寺の近くに住んでいるのだといいます。
 翁の勧めで新之丞は万寿寺方面へ赴き、女の住処を探し求めました。しかし方々探し回り、人に尋ねても手がかりは得られません。日が暮れ始めたので万寿寺で少し休むことにした新之丞は、そこで古びた霊屋(死者の霊を祭る堂)を発見します。
 収められた棺には「二階堂左衛門尉政宣が息女弥子吟松院冷月禅定尼」と記されており、傍らには浅茅という名が書かれた古い伽婢子(布製の人形。魔除け、嫁入り道具とされた)が、棺の前には同じく古びた牡丹灯籠がありました。
 眼前の全てがあの美女と女の童を示していました。
 新之丞は戦慄し、振り返りもせず逃げ帰り、翁の家に駆け込みました。
 夜明けを恨めしく思うほどだった弥子への愛情は今や完全に醒め、女がやって来る我が家まで恐ろしいといった心持ちでした。
 翁は験者として名高い東寺の卿公を頼れと教え、新之丞は直ちに東寺に詣でて僧に助けを求めます。
 東寺の卿公が言うには、新之丞は妖魅の気に精血を消耗し魂を惑わされている状態で、このまま十日も過ぎれば命はないとして魔除けの札を書き与え、家の門に貼らせました。

 以降、女が現れないまま五十日ほどが過ぎました。ある日新之丞は東寺へ行き、卿公に礼拝してから酒を飲んで家路につきました。
 長い間逢わないでいるとさすがに女が恋しく思えたので、万寿寺の門前まで行って中を見ていると、そこへまた例の女が現れました。女は再会を喜び、新之丞の手を取って門の奥へと連れて行きます。
 新之丞が連れていた男はこの光景に肝を冷やして逃げだし、家に戻って人々にこのことを告げました。
 皆が駆けつけると、新之丞は既に女の墓へ引き込まれ、白骨と重なり合って絶命していました。

 このようなことがあってから、女の墓は鳥辺山に移されました。
 雨が降り空曇る夜には、新之丞と女が手を取り合い、女の童に牡丹灯籠を持たせて出歩くといいます。
 辺りの人々はこれに出遭うと重く患いつくといって恐れました。
 このことを嘆いた荻原の一族が法華経を墓に収めて篤く弔ったところ、遂に霊は現れなくなったといいます。


▽註

・『今昔画図続百鬼』…鳥山石燕の妖怪画集第2作。安永8年(1779)刊行。
・『伽婢子』…浅井了意作の仮名草子。寛文6年(1666)刊。全68話の殆どが中国怪異小説の翻案となっている。





 長々と書きましたが「骨まで愛して」といったところでしょうか。はい。
 弥子ちゃんが出てきてからすっかり忘れられてる奥さんがカワイソウな気もしますね。