海御前

■海御前[あまごぜん]

▽解説

 福岡県宗像市東郷や北九州市門司区大積に伝わる河童の女親分です。

 平家の武将平教経の妻または母が河童となり、壇ノ浦から福岡に泳ぎ着いたものといわれています。
 北九州市では大積の天疫神社が本拠であるとされています。能登守教経の奥方は壇ノ浦の戦で入水し、大積海岸に流れ着いた遺体は村人によって乙女岩の辺りに手厚く葬られ、神として祀られたといわれています。

 海御前はこの地の河童たちを支配し、春もしくは五月の節句になると一族を集めて源氏に縁あるものを水中に引き込むよう命じます。河童たちは各地の池や川に四散し、人間を悩ませます。
 そして蕎麦の花が咲く時期になると、その白い花を源氏の白旗と見誤ってうろたえ、大積の海岸に戻ってくるといいます。
 壇ノ浦の戦ののち、平家の男は平家蟹に、女は河童になったともいわれ、明治の末頃までは久留米水天宮の大祭の前に神官が天疫神社に参詣して前夜祭を行っていました。


▽関連

河童
平家蟹