伊草の袈裟坊

■伊草の袈裟坊[いぐさ‐けさぼう]

▽解説

 埼玉県比企郡川島町伊草に棲むと伝わる河童です。

 法師のように袈裟を纏っていることからこの名で呼ばれたといい、周辺の河童たちは毎年袈裟坊に人間のはらわたを中元として献上したといいます。また袈裟坊は悪戯好きで夜遅くに落合橋付近を通る人があると悪戯をして喜んでいたともいいます。

 明治9年7月、八幡淵で女の子が河童に溺死させられたとき、村人は渇水で少なくなっていた淵の水を全て汲み出しましたが、遂に河童を見つけることができませんでした。これは八幡淵の河童が袈裟坊に中元の品として女の子の腸を持って行っていたためだとといいます。

 板戸市では石坂の十郎淵の河童と島田の橋の辺りにある越辺のサイゾーという淵に棲む河童、そして伊草の袈裟坊が越辺川の三大河童であるとされていました。

 笹井の竹坊や小畔の小次郎(紺屋の小次郎)、小沼のかじ坊などといった河童と仲が良かったともいわれ、その交流を語る伝承も複数残されています。
所沢市の曼陀羅淵に棲む河童も襲った子供の腸を竹坊や袈裟坊への贈り物にしていたといいます。また、伊草の河童と持明院の曼陀羅堂の河童(曼荼羅淵の河童)は夫婦だったともいわれています。


▽関連

河童




 友達たくさんいて楽しそうなカッパさんですね。