■通り悪魔[とお-あくま]
▽解説
通り者、通り魔とも呼ばれる妖怪です。人に憑いて乱心させ、殺人や自殺に導くといいます。
『古今雑談思出草紙』には次のようにあります。
加賀のある武士が夕方に剃刀を研いでいました。
その際ふと障子の隙から外を見ると、甲冑を着て槍や薙刀を持った武者が三十人余りも並び、こちらを睨みつけていました。
武士は剃刀を投げ捨てると丹田に意識を集中して心を鎮め、怪異が去るのを待ちました。
しばらくして顔を上げると、既に武者達の姿は消えていました。
不審に思っているうちに塀の向こうの家で乱心した者が出て、負傷者を出した後に自害するという騒ぎになりました。
『世事百談』にも通り悪魔の話があります。
川井某という武士が帰宅して庭を眺めると、手水鉢の辺りの叢から三尺ほどの炎が上がっていました。
川井は家来に刀と脇差を別の間へ持っていかせ、自分は気分が優れないといって横になりました。
心を鎮めて庭を見ると、白襦袢を着た大男が槍を振り回してこちらを睨みつけてきました。
川井は目を閉じ尚も心を鎮め、暫く経ってから目を開けました。すると燃え盛る炎も男の姿もなく、庭は普段と変わらない様子に戻っていました。
その後、隣家の主人が乱心して刀を振り回し、あらぬことを口走って暴れるという騒動が起こったといいます。
また、四谷の辺りにある人とその妻が住んでいました。
初秋、夫が留守の夕暮れ時、妻は縁先に出て煙草を飲みながら景色を眺めていました。
火事で一帯が焼けた後に草が生い茂り、さわさわと秋風が吹いてくる中、腰が曲がり杖をついた白髪の老人が歩いてきました。笑いながら近づいてくる老人の様子はただならぬもので、妻はこれを己の心の乱れだと捉え、目を閉じて普門品(観音経)を唱え心を鎮めました。
しばらくして目を開けると老人の姿はなく、程なくして近所の医師の妻が発狂したといいます。
このほか『閑窓瑣談後編』『蕉斎筆記』にも同様の記述が残されています。
▽註
・『古今雑談思出草紙』…栗原東随舎の随筆。江戸期。
・『世事百談』…山崎美成の随筆。天保14年(1843)刊。
コメント
コメント一覧 (1)
原典はマイナーながらも名称の浸透具合ではかなりのものと思います
意識をしっかりと保った者はその被害に遭わないという例もあり
やはり妖怪の仕業とはいえ、つけこまれる者の心の弱さが根本にはあるという
考え方が見て取れます。「魔が差した」というだけでは言い訳にはならないのですね
イラストは鎧武者の軍勢や白襦袢に槍を持ったパターンも見てみたかったですね